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離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
離婚してくださいませ。旦那様。【アイリス編】
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おまけ 下ごしらえしたので、おいしく食べたい(希望)


 ここ数日の寝不足は原因があった。

 いつもは数日に分けている仕事を一日に済ませなければならなくなったからだ。ルーベンスの役目は王子としてのものとラント夫人の息子としてのものの二つがある。臣籍降下を控えているため、今までしていた役目を引き継ぐことになっており、その件での仕事が増えているのもあって忙しいのだ。

 そうだというのに、今日、いきなり用事をねじ込まれた。

 結果、執務室と決めている場所で眠い顔で仕事を終わらせることになる。


 眠い。

 ルーベンスは持っていたペンとインク壺を少し遠ざけた。うっかりこぼしてしまうと被害は甚大だ。

 うつらうつらと彼の頭が揺れる。今日はロルフは伝令として不在であり、ほかの秘書の役割をする者はほかのことで忙しい。

 つまりはこの部屋にはルーベンスしかいかなった。


「殿下、お時間ですって」


 控えめに叩かれた扉とかちゃりと扉の開く音も聞こえていた。眠りと覚醒の間を揺られているうちに近寄ってきた足音。小さくゆらゆらと揺すられたことも気がついてはいる。

 もうちょっと寝たいと言ったつもりが、不明瞭ななにかにしかならなかった。


「殿下、殿下。もう、起きなかったらキスしちゃいますよ」 


 小さく、聞こえたリップ音と頬に当たった柔らかい感触。


「……ん」


 驚いて目を開ければ至近距離で目が合った。


「おはようございます?」


 動揺しまくった表情の自分が彼女の目にうつっていた。


 慌てるルーベンスとは違い、アイリスは何事もなかったように遠ざかる。


「……殿下、どうしました? 寝ぼけました?」


 アイリスは首をかしげて、先ほどのことがなかったように隠滅を図っている。ここで問いただせば夢でも見たんじゃないですかと笑うに違いない。

 ルーベンスがいくら言っても彼女はそんな甘い態度は見せない。ここまでと線を引いていてそこから踏み込ませなかった。

 だからこそ、この態度は信じがたい。


「寝ぼけたのかな」


 都合の良い夢ということにしておこう。そうでなければ、もう一度試したくなる。

 そんなことで機嫌を損ねたくはない。ようやく借金返済後ならと曖昧な婚約をもらったのは半年前だ。口説き落とすには三年かかった。あとちょっとで終わるんですよねと言っていたのは、半月前。

 今年が終わるくらいには完済できそうだと母がにやにやして言っていた。


 うちにも嫁がとご機嫌だったのは、この数年従兄たちの結婚ラッシュが続いたせいだろう。私もお嫁ちゃんと楽しくやりたいとごねていた。

 アイリスはすでに去年の段階で、娘対応されていたような気がするのだが、気のせいだろうか。

 妹たちに交じって家族の会合に集まっても違和感がない。むしろ、ルーベンスのほうが疎外感を覚えることもある。


「殿下?」


「それで、なんの用事?」


 用もなくアイリスはこの部屋にやってこない。眠っているルーベンスを起こすということも考えると何か不測の事態があったのだと思うのだが、本人はのんびりしている。


「お忘れですか。今日は王城へ行く日ですよ。お世話を仰せつかりました」


 そう言って彼女は大仰に一礼する。所作も磨かれているのか最初のころより洗練された動きだった。きびきびしすぎて優雅さに欠けると言われるらしいが、彼女らしくあっていいと思う。

 そう言えば、真顔であなたも惚気るのねと言われたものだ。


 惚気たつもりはない。


「覚えてる。王城に呼ばれてるんだ。この日しか空いてないとかひどい話だ。

 アイリスも一緒に行けと言われたけど、聞いてる?」


「侍女としてついていくように言われてます。ただ、王城に呼ばれる理由はわからないんですよ」


「陛下に面会。嫁を早く見せろと煩い。思い出した時だけ、父親面して」


「へ? お母様、そんなこと言ってなかったっ! それにまだ嫁でもないですよ」


「婚約したんだから、ほぼ確約。

 まあ、母さんが言わなかったのは逃げると思ったんだろうね」


「そ、そんなっ」


 ルーベンスは慌てているアイリスに支度を手伝うように促した。

 父はアイリスを気にしていた。違法行為があったにもかかわらず、その件で裁くことはできなかったからだ。アイリス本人も今は知っているが、今でもその件は公表するわけにはいかない。

 侯爵家の権威に傷がつくほうが、アイリスよりも重い。


 そんな冷徹な国王陛下だが、既にアイリスは何度も会っている。身分を偽って母の元へ時々通っているので、顔見知りだろう。おやつをくれるおじちゃんくらいの認識であるはずだ。

 お父様って言ってくれるかなとデレデレしていたとは、言わないほうがいいだろう。


「いいんですか、私で」


 準備を手伝いながら拗ねたようにアイリスは言う。

 ルーベンスはため息をつく。な、人の顔見てため息とかなんですかと言われているが、それはこちらのセリフだ。

 時々うっとりと見上げてはため息をついている。


 きれいですよね。

 童女がキラキラしたものを見て賞賛するような口調だ。


 艶のなかった金髪は、今はするりと流れ落ちる黄金の滝。顔色の悪かったところも今では健康的に日焼けして、細すぎた体は今は柔らかそうだ。

 大きな目と思ったところだけはそのままに、大人びた。

 貴族的ではないが、街中にいれば美人と噂になるくらいに育った。男装していると性別も不肖で、女性にもアイリス様と呼ばれていた。

 困惑はしているが、悪い気はしていないようだ。


「そう思って何年も口説いてるのに、全くさっぱりなびいてくれない」


「婚約したじゃないですか。

 それに借金返済が先ですよ。そこから話をしないと」


「そこからの話ね。覚えてろよ」


「なんです。その負け台詞」


 くすくすと笑いながら、彼女は言う。

 ルーベンスはもうとっくに負けていると思っているので、いつかやり返してやると決心しているとも知らない。


 いつか、はい、しか言わせないことにしてやる。


 それは遠くない日のこと。

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