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離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
離婚してくださいませ。旦那様。【アイリス編】

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彼女の幸せ



「姉御。暇ですぜ」


「ですぜぇ」


「あそんでよー」


 そう言いながら私のそばを子供たちがうろついている。絡まってくる。

 私は離婚後、しばらくはルーベンス殿下のもとで仕事をすることになっていた。主に雑用と言われていたが、結局母親であるラント夫人のもとでやはり雑用になった。

 それで平和、と思っていた。


 ところが、アイリスの体というのがめっきり弱っていて三日で倒れた。熱を出して、唸ること一週間。おろおろする王子とラント夫人がなかなかに見ものだった。というと怒られそうだ。

 色気過剰のお姉さまがおろおろとお薬? お医者さま? ええい両方っ! と豪快に叫んでいたのを思い出すとなんだか笑えてくる。

 その横で、てきぱきとしたようで素っ頓狂なことを言ったらしい王子は側近の人に呆れられていた。

 結局、王族親子は役に立たず、しょんぼりしながら椅子に座らされていた。


「妹様が熱出した時と同じですね。あと飼い猫」


 とはルーベンス殿下の側近のロルフの発言である。

 飼い猫枠なのか妹枠なのか謎である。なにかラント夫人には娘枠な気がしている。ちゃんと自立できるように仕込んであげるわと謎の使命感に囚われていたようだ。

 この世界でもアイリスの身の上はそれなりに同情されるところにあるらしい。


 この寝込み事件より既に一か月経過しているのだが、療養となぜか孤児院に連れてこられた。見た目はお化け屋敷、中身はそれなりに快適という建物の一室で生活している。

 現在の私のお仕事は、子供たちへの教育ということになっていた。マナーや所作などの最低限のことを教えてあげて欲しいということだった。

 貴族令嬢の最低限とはどのあたりだろうかと思ったが、子供たちはそれ以前だったので考える必要もなかった。

 要するに、道場に入りたての子供に言い聞かせるのと同程度でよい。


 目上の人には敬意。自分より小さいものには優しくしろ。食事中は立つな。感謝しろ。

 以上。


 やんちゃが過ぎた子供時代の私に手を焼いた両親に叩き込まれた道場ではあったが、それなりには役に立っている。異世界でも役に立つとは思わなかったけど。


 そんなことをしていたら、姉御と言われていた。


「じゃあ、素振り」


「ぼくとーもってくるんだぜぇっ!」


 うきうきと去っていく男の子と一部女の子。残った女の子が恨めしそうに見ていた。


「刺繍もやってしまいましょう」


 小さな手巾と小物。それに色とりどりの刺繍糸。裁縫箱を用意して、中庭に出る。室内は薄暗くあまり縫物には向いていなかった。


 なにもないところで新しく刺繍するのは難しくても書かれた通りに糸をなぞることは孤児の子でもできた。縫うのは年上の子に限るが、色々な布に描かれるものに彼女たちは興味津々だ。


 アイリスの手が覚えていたので私も問題なく刺繍を仕上げることができる。図案も覚えていたのか布に描くことはできた。

 これは教会の慈善バザーに出品され、寄附金込みの値段で購入されていく。出来というより気持ち、寄進の意味合いが強く時々出戻ってきたらしい。

 一生懸命頑張った子たちはひっそり傷ついていたようで、頑張っても無駄なのだとごねていた。

 今は嬉々として、色とりどりの糸を操っている。


「姉御! 準備できました」


 びしっと並ぶ男の子たち。

 それに交じって半笑いでルーベンス殿下が並んでいた。その乳兄弟は生真面目な振りして口元がにやけてたっている。


「……なにしてるんです? 坊ちゃん」


 一応、殿下と言っていけないことになっているので、通称坊ちゃんである。


「僕も交ぜてもらおうかなって。楽しそうだから」


「あの野生児たちを軍隊式にしつける手腕には興味があります」


「……点呼」


 私はそれを白い目で見てから、男の子たちに号令する。声の大きさより明確に聞こえることを主眼にしているので小さな子もびくっとしない。


「素振りはじめ」


 いちにとやり始めたのを確認して、刺繍のほうに戻る。途中で飽きて逃げ出す子もいるが好きでしているのだから捕まえてやらせることもない。

 それは刺繍のほうもそうで。


「あーあ、散っちゃったよ。いいの?」


「別に子供ですし、いいんじゃないですか。私、シスターじゃありませんから」


「怖いお姉さんの地位を不動にしたよね。

 さて、アイリス嬢も室内に戻らないと。また、倒れるよ」


「そう簡単には……」


 そう言いかけたあたりで、抱き上げられた。痩せているとはいえ、それなりに重さがあると思うのにいつも顔をしかめて軽いと苦情を言われる。


「ちゃんと食べてる? お菓子増やさないとだめかな」


「健康的に増量しますので、やめてください」


「はやくぷくぷくのほっぺになればいいのに」


 それは太ってますが。彼的には太っているほうがいいというより、細すぎて不安になるそうだ。確かに自分でも腰細っ!と思うくらいだから。美容的理由ではなく痩せているので、健康体になりたいものである。


 自分の部屋と割り振られた場所ではなく、応接室に連れていかれた。

 既にラント夫人が優雅にお茶をしている。大きな息子がいるとは思えないような若々しさと肉感的な肢体が妖しいお姉さまだ。露出ないのに色気が溢れている。服装を変えればやはり悪の幹部的だ。

 ルーベンス殿下もツンデレ敵幹部、途中で裏切るよという感じにも見えるので系統は一緒のような気がする。


「なにかしら。お姫様だっこなのに荷物運んでますという感じなのどうしてなの? 甘い感じにならないの?」


「まだ、欲情する感じではありませんね」


 ……。

 王子様が言うセリフじゃねぇなと思いはすれど、ツッコミはせず。時々、下町っぽさを発揮して王子様。王子様?と首をかしげる感じだ。

 私としては平常心というより、なすがままされるがままと言う感じになれた。落下事故は一回で十分。そのときにはロルフ氏に助けてもらい、拗ねまくったルーベンス殿下の機嫌を取るのが大変だったのだ。


「そうねぇ。半年は待ちなさいね。

 さて、今日はいろいろ片付いたから報告にきたの。数日のうちにここを引き払って、カイラの花にうつってもらうわ」


「構いませんが、なにをすればいいんです?」


「それはルーベンスと相談して。慣れたら、私のほうで手伝ってもらうこともあるし。

 まずは、貴方の両親のことね。隠居してもらって、弟には婚約者がついて今住み込みよ」


「……はい?」


 きょとんと見返すとラント夫人は苦笑してもう少し詳しく教えてくれた。


「細かいちょろまかしと公文書偽造と高利貸しをしたという実績が積もって、ご両親は隠居。監視人付きで慎ましい生活をしてもらうことになるわ。

 空いた当主の座には弟が就いたけど、本人の資質に問題があるときちんとした婚約者をつけることになった。最近はともかく、数代前はちゃんとしていたからそこを期待してのことのようね」


「妹は?」


「そっちは寄宿舎に入れるそうよ。ティエラの森だから、安心してね」


「……別な意味で心配になってきました」


 寄宿舎ではあるが、男女共学、貴賤関係なしの実力主義が売りだ。そのため、貴族はほとんど入らない。ご令嬢とて派閥があり、その系統の寄宿舎を選ぶ。

 確かに情報だけしか知らない妹ではあるが、似合いのような気もする。


「数年後に女性騎士が誕生するかもね」


「嫌な予言しないでください。

 うちの事情はわかりました。ご配慮ありがとうございます」


「家に連れ帰られるのも困るからいいのよ。

 元夫のほうに連れ戻されることも今のところないと思うわ。

 妃殿下三人で侯爵を奪い合いしているから」


「はい?」


「侯爵というのは国内に三人。一人は王妃派、一人は側妃の実家で後ろ盾をしている。

 エーベル侯は常に中立だった。後ろ盾の薄いもう一人の側妃が躍起になって自分の息のかかっている娘を送り込もうとするのはわかるかしら」


「特定の派閥に組み込もうとされているってことですか」


「そう。で、それを他の二人が許すかというと違うのよね。

 侯爵の持つ権力はかなりのものなんだから、他の二人も欲しいのよ。だから、都合よく離婚してくれてありがとうという感じ。貴方を懐柔するにも家から出てこない、全く近寄れもしないと歯噛みしていたらしいわ。

 まだ、王太子決まってないから揉めるのよね」


 知らないところで権力闘争があった。

 ぽかんとしている私をなにか微笑ましいものを見るように見られてるんだけど。


「まあ、それもあって、もう一回戻されるってことは普通の手段じゃないわ」


「人さらいにでも会わない限りですか」


「そう。だから、ルーベンスのお店にいてね。あそこでダメならどこ行っても同じよ」


「……お世話になります」


「別に。買ったのは俺だから、俺がどうにかする」


 ツンデレですか。ツンデレなんですか殿下ぁっ!と言いたい気持ちを抑えて、大人しくお礼を言っておく。

 顔がいいので、なにを言われても心臓が速くなるお仕事を始めて困る。

 真顔で迫られるとものすっごい困るのだ。予言書が半年後には嫁になっていると予言するからっ! え、なんでそんな急に落とされるの? 外堀埋められるの? どういうことなの? と思っても詳細は読めないという……。

 天使曰く、予想が錯綜していて書けないや、ごめん☆彡 だった。

 なんだそれは。

 個人の恋愛は個人でどうにかしてくださいと追伸で書かれていたのも解せぬ。なお、ごくまれにロルフ氏と偽装婚約するとかいうルートが存在するらしい。

 すすめると殿下がヤンデレるらしい……。


 なにそれこわい。


 やはり、アイリスの男運の悪さに思いをはせる。元の世界の私もそんなに良くなかったので、力強く頑張ってもらってほしい。

 なんでも、最近、ミニスカ、ニーハイで職場に行ったそうだ。

 足首も出してはいけないというこの世界から、よくもまあそこまでぶっ飛んだものだと遠い目をしてしまった。私なら絶対しない服装ではある。

 お姉さまの美脚を生かすにはこれがいいと思います! というお姉さま認定も……。


「うちの息子が嫌になったらおいでなさいな。無理強いするような男に育てたつもりはないけど、暴走しないとも言えないのよねぇ」


「覚えておきます」


 ラント夫人は満足したように頷いて、立ち上がった。


「じゃあ、またね」


「はい。ありがとうございました」


「早く元気になってこき使われてちょうだい」


 それ、冗談なのか本気なのかわからないんだけど……。



 三日後に予定通りに、孤児院を出された。別れを惜しまれるでもなく、また来てくださいねと軽いものだった。

 貧民街と言われる地帯と歓楽街はほぼ隣り合っている。近いから遊びにも行けると思っている風だ。

 カイラの花というのは娼館ではあるが、歓楽街の中心にある建物だ。元々娼館が数軒しかなかったのが、年月とともに大きくなっていったらしい。先代の女王様時代の改革でより変化したらしい。

 女王様のお達しで娼婦も男娼も現在は国家認定の職業である。年季は十年まで。それ以上の借財を負わせるのは違法だ。まあ、違法をやってのける人たちもいるがそれはそれで取り締まられている。

 奴隷のようなと言われはするが、実際そのように扱うと罰金で店がつぶれる。そのため、ほどほどにブラックな職場で落ち着いているようだ。


 そのブラックな職場で、私は帳簿を寄越された。渡してきたのは実際にこの店を仕切っているロッテ。やり手の婆とルーベンス殿下が話していた元締めは背筋のしゃんとしたクールなおばあ様でした。婆とかじゃないと思ったけれど、口にしたら折檻される気がした。殿下が。


「坊ちゃんの手伝いと聞いています。店の実態を把握してください。それから、夜間は部屋を出ないように。気をつけますが、客が勝手にうろついて幼い子を連れ込むこともまれにあります」


「はい。わかりましたっ」


「いい子ですね。では、後ほど」


 事務所と言うべき部屋にぽつんと残された。

 帳簿の厚みはそんなにない。三センチくらい。表紙の日付によれば最新三か月分くらいのようだ。


 ふむ。と見ていたら、すぐにおかしいことに気がついた。

 同じ内容のものが、二枚挟まっている。一方は金額が記載され、もう一つは空欄という違い。時々、もう一枚が挟まっていないこともあった。


 モノの値段が時々、大幅に変動している。多くて倍くらいだが、物価の変動にしては妙な気もした。

 そもそも、計算が合わないところがある。計算間違いかと思ったけれど、特定の項目に多く出てくる。


 ……これは見てはまずい帳簿のほうなのでは? 疑惑と困惑が渦巻く中最後まで確認した。


「はふぅ」


 ぱたりと閉じて息をつく。


「どう思う?」


 声に視線をあげたらルーベンス殿下の心臓に悪い顔があった。あ、今日は美女風なやつですね、お似合いですと口をついて出そうになる。たぶん、それ言っちゃダメなやつ。

 殿下がテーブルの上に肘をついてお待ちとか意味が分かんない。腰痛くなりそう。


「殿下、なぜいるんですか」


「ルーベンスでいいよ。坊ちゃんって言われるのもなんか違う気がするし。

 それでなぜいるかって自分の店だから。半分くらいはここで暮らしているんだから、いるだろ」


「さようでございますね……」


「で、どう思う?」


「裏帳簿ってわけでもないですよね。これ、なんなんです?」


「テスト。これが変だと思わないと他のものは見せられない」


「合格ですか」


「そうだね。不合格にして、俺の世話だけさせておこうかな」


 無駄に過剰に溢れている色気をどうにかしてくださいっ! 美女風な殿下はいけない香りがする。顔どころか全身ぷしゅーっと熱を出しそうだ。

 こんなのに迫られたら気がつかないうちに頷いてしまう。


 うつむく私の顎に指先が触れた。


「坊ちゃん、不正はよろしくありませんよ」


 ひどく冷ややかな声に救われた気がした。

 ロッテさーん! 殿下がひどいんですぅと泣きつきたい気分だ。


「……いつの間に」


「規定時間。無理強いはいけません。仕事を叩き込んでおきますので、どうぞ、殿下は殿下の仕事をしてきてください。日程表はロルフより預かっていますので、違った場合、入れません」


 つよい。

 ルーベンス殿下は口をへの字に曲げてるんだけど。渋々従うらしい。

 じゃあまたねと指先にキスを落としていく。


「……うぐぅ」


「気持ちはわかります。よく耐えましたね」


 彼の姿を見送ってから身悶えた。それを慈愛の眼差しで見られてしまった。

 し、仕方ないじゃないか。王子様で本物で、妙にやさしいんだ。免疫の薄い私に直撃過ぎてよく地面にへばりついている。気分的に、だけど。


「無自覚に口説くのは良くないと再三申し上げているのですが、治りません」


「無自覚だったんだ」


「ちょっと遊んでくれればいいかな程度はあるかもしれませんが、付き合うと苦労するのでおすすめは致しません。さて、では、本当のお仕事の話を始めましょうか」


 仕事を叩き込むと言われた通りのスパルタだった。

 それも周りがドン引きするくらいの、だったらしい。後継者、やったね!とものすごく浮かれていたらしいというのは、後々に聞いたことだった。

 ロッテさん、隠居して旅行して遊びまわりたかったらしい。体が動くうちにと焦っちゃったと無表情で言われた。

 ……それどうなの。


 そんなこんなで半年経過していた。

 殿下とはどうなったのかと言えば。


「いい加減、指輪もらってよ」


「借金返済してからですね」


 三か月目くらいから、待ってられないと求婚されている。え、意味が分からないと素で答えてしまった私は悪くない。

 口説かれた、ような気がするけど、顔は好きだけどっ!


「金で買ったともう二度と言われたくないんですよ。悪いですけど、待てないなら他をあたってください」


「む。減額するから」


「それもダメです。私の価値を低く見積もるつもりですか」


 ぐぅと唸って、うなだれるところは非常に可愛らしい。あざとい。あざといとわかっててさらに上目遣いしてくる。

 ああ、いっそ、頷いてしまえばと思うところをぐぐっと耐える。


「十年はかからない見込みですよ」


「……一年も待ちたくない」


「それはさすがに無理です」


 ひっそりとラント夫人と悪だくみして金策中とは伝えないほうがいいでしょう。うまくいけば半分くらい減ります。失敗すると借金増量。

 私には私のできる範囲でお応えする準備があるのです。


 待つかどうかは、殿下次第。


 予言書の先はすでに白紙で、お幸せにと書かれているだけ。



 なお、向こう側の私は、口説き落とせないものを口説き落として天界を騒然とさせたそうだ。異世界お嬢様、強かった。

 それでも幸せそうで何よりだ。

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