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離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
入れ替え令嬢は社畜になりたい!【藍里編】
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おまけ 天使のお仕事


 零の休暇中は仕事終わりに家の近くの珈琲店で待ち合わせをすることにしていた。家までの間は少し人通りが少ない。ストーカー化しつつある元彼が存在している以上、そのあたりは送ったほうが良いという判断だった。

 藍里本人は最初は断ったものの途中から急に送ってください。心細いですと主張していたので、その通りとなっている。


 その真意はその二日後くらいに吐露されたのだが。

 藍里としては、これはお仕事終わりのデート、らしい。それも毎日と。なにかがものすごく違う気がしたが、どこがと指摘もしづらく、スルーした。

 婚約者が機嫌が良いのは良いことだろう。

 じっと見ていたわけではないが、藍里はその視線に気がついたようだった。


「なんですか?」


「いや、平和だと思って」


 幸いというべきか、呼び出されるような用件は発生していない。あのふわふわな生物ナマモノはそれなりに優秀である。


「ぼんやりしていても誰も死なない」


「……天使のお仕事ってそういうリスクあるんですか?」


 天使のお仕事。

 そういうとキラキラしているような気がしてくる。

 その中身はキラキラはしていない。むしろ地味な書類仕事ばかりだ。それも、延々と続く。普段は説明しないが、藍里は先に予約済みだからいいだろう。

 念のため、零は辺りに音が漏れないように処理をした。


「まず、出生と死亡の管理。

 出生時の人生の概要の確認と予定外の死を迎えぬように監視。

 主にこの二点が任されていること。人は個人単位で扱っているけど、虫とか小さいのだと群れ単位だったり、地域単位での取り扱いでざっくり絶滅させないとかになるかな」


「生まれた時点で人生決まってるんですか?」


「ざっくりね。何歳くらいに大きなけがや病気などになるかとかそういうところかな。細かいところは見ればわかるけど、普通は見ない。数が多すぎる」


「どうしてケガや病気なんですか?」


「死にやすい。予定外の死はあとで帳尻を合わせるのが大変」


「なるほど。それで、姉様と入れ替わったんですね」


「……ここ数百年はしてないミスをしたと反省している」


「私は構いませんよ」


 そう言って藍里は笑う。おそらく異世界を満喫している元藍里も同意しそうだ。


「でも、他にもそういう方いらっしゃるんですか?」


「わりとある。死にそうになって幸福や不幸が変動する人がいるのは、予定外に死んだ別の誰かの人生を負わされているときもあるし」


 もちろん始末書ものだ。反省文と今後の対策も提出しなければならないし、有給も取り上げられる場合がある。

 実質使ったこともない有給ではあるが、ないとなると心の余裕もなくなる。


「大変そうですけど、お手伝い、しっかりできるか不安になってきました」


「一人で回してたんだから人手が増えるだけで助かるよ」


「そうですか?」


「きになるなら、そうだな。

 珈琲をおいしく入れて欲しいかな」


「ああいうのですか?」


 藍里が指したのはエスプレッソマシーンだった。あれは専門の機械での修行がいる。それに全自動のものをすでに所有している。あれは有給を現物に変えて手に入れたものの一つだ。


「ハンドドリップ。中々練習できなくてコーヒーメーカーに頼りがちなんだよね」


「極めておきます」


「そこまではいいから。極めすぎると俺も話についていけないし」


「そ、そうですね。普通においしいくらいを目指します」


「そうして。他にも楽しいことあるんだから、色々楽しんでほしい」


「楽しいことですか。格闘を極めて役に立つことありますかね?」


「……聞いてみる」


 ということにしておいた。

 はぐれ悪魔の取り締まりという地上でする仕事もあるが、紹介はしない。やる気になりそうだからだ。

 なお、悪魔も悪魔というお仕事なので険悪ということもない。他、鬼のお仕事もある。


「体を動かすの好き?」


「え。好き?」


「運動」


 好きだけ拾ったらしい。

 藍里はその勘違いに気がついて瞬時に真っ赤になる。意味もなくぱたぱたと動くのは恥ずかしさを押し隠せないせいだろう。


「好きですよ。なんか、生きてるって感じがします!」


「前もちゃんと生きてたはずなんだけどな」


「あれは死なないっていうんですよ。もう本当に、奈落の底みたいな。

 でも、姉様がきっちり引導を渡してくれたのですっきりです」


「もっとひどいのでも良かったんじゃない?」


「この世に存在しないものを求めて永劫満たされなければいいのです」


 すとんと表情が消えて淡々と藍里が告げる。

 死すらも生ぬるい。そういうものだ。

 うかつに話題にするものでもなかった。零には吹っ切っているように見えたのだが、そうでもないらしい。事情は知っているが、現在の藍里とはどうにも結びつかないせいだろう。

 元のアイリスの話はほとんどしない。妹と姉を心配しているようではあるが、姉様が良いようにしてくださるでしょうと任せているようだ。

 重い重いとあちらのアイリスは言っていたが、なんとかはするだろう。

 なお、弟と両親については別な意味でお好きにどうぞということらしい。


「大丈夫ですよ。

 姉様の人生、大事にします」


「もう、君の人生なんだけどね」


 虚を突かれたように藍里は黙った。


「ここにいる藍里の大事な人生だ。後悔の少ないように過ごすといいよ」


 途方に暮れたように見える藍里に零は笑った。


「ま、そのままでもいいけどね。なんだかいつも楽しそうで俺は嬉しい」


「…………ずるい」


「ん?」


「なんでもありません。

 もう帰りましょう」


 拗ねたような態度の藍里だが、どのあたりが一番まずかったのか零にはわからなかった。

 店もそれなりに席は埋まっており、長居しすぎるのもよくはないだろう。忘れそうになった音の遮断を戻してから零は席を立つ。

 いつもはそのまま家まで送るとそこで別れていた。


「じゃ、明日」


「また、明日」


 そう言っても藍里は部屋に戻ろうとはしなかった。


「あの、天使様」


「ん?」


「天使様がいるから、毎日楽しんですよ」


 藍里はそれだけ言うと身をひるがえして、マンションの中に消えていった。素早すぎると零が唖然とするくらいの速度だった。


 零はマンションを見上げる。彼女の部屋は外からは見えない位置にあるので帰り着いたのかも確認はとれない。

 今日の場合には良かっただろう。なんだか、見上げたまま帰れなそうな気がしたから。


「……帰ろ」


 一人寂しく瞑想をしていれば落ち着くに違いない。寺なので、煩悩を断ち切るのは容易いだろう。

 たぶん。


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