自覚と即告白
遊園地の開園時間直後という微妙な時間についてしまった。粛々と列は進むものの中に入るにはまだ時間がかかりそうだった。
「もうちょっと遅くてもよかったかもしれませんね」
「駅近くのカフェで少し待ってもよかったかな」
のんびりとそんな話をするのもいいと油断していたのは確かだ。
時間をかけて遊園地の中に入って、入口の写真撮りますかと自撮りのツーショットを取るまさにその瞬間だった。
「見つけた」
やけにうれしそうな声。
迷惑だと思いながら視線を向けたのが間違いだった。
遊園地に場違いなスーツ男がいる。身ぎれいではあるが負のオーラでも背負ってるのか遠巻きにされていた。
国内どころか海外でも有名な場所に来るのにコスプレ以外でスーツはないだろう。たぶん。
残念ながら、知り合いだった。
「うわぁ……」
まさか、元彼にこんな場所で遭遇するなんて想像もしていない。
「……運が悪いな」
「ですね」
天使様とこそこそと言い合う。なにも遊園地で会うこともないでしょうに。
元彼にぎらついたような目で睨みつけられるのは少し怖かったが、気合いで表情を変えなかった。身についた技術を思えば、たいていのことは怖くないはずだ。
天使様はちょっと心配そうに後ろにかばおうとしてくれたのだが、この件は天使様には関係がない。むしろ被害にあった側なので私が出るべきだろう。
「藍里、堂々と浮気か」
「はい?」
浮気とはいったい。
元彼は留守電に慰謝料だの喚いていたとは到底思えないような優しい微笑みを浮かべている。ぞわっとした。
「すぐに離れて俺に謝罪するなら許してやろう」
「浮気と言われてもお別れして一年経過していますよ。
そもそもあなたから、私を振ったんですがわすれました? 浮気相手が妊娠したからって」
はっきり明確に告げる。説明的ではあるが、ここは遊園地である。それも開園直後の人が集まりまくっている場所だ。
視線が突き刺さるので、私たちは悪くないとはっきりと周囲に伝えたい。
多少の見世物感は致し方ない。場所が悪すぎる。
「あれは相手の嘘だと言っただろう。
俺が結婚してやるというんだから大人しく従えばいい」
「はっきりお断りしました。
結婚なんてしません。誰とも」
つい強く否定してしまった。
人様のご両親を悪く言いたくはありませんが、ちょっと結婚の圧力があって。孫の顔が見たい。娘は特別などといわれて……。相手がいないなら見合いって! のらりくらりと兄が店に来てくれると逃げるにも限界が。
仕事してたらあっという間に婚期がとかほっといてほしい。
……。
今は、その話ではありません。
「早くしたがってただろう?」
しかしながら元彼に怪訝そうに聞き返されるくらいには姉様、婚期に焦っていたようで。もっといい人いたでしょうになぜと思うところはあります。
「今は仕事が楽しいので」
「仕事を続けても構わない。そのほうが収入があるから返済もできるだろう」
「……返済」
「副業に失敗してちょっと借金ができた。一緒に返済してくれるよな」
「ありえません」
頭が痛いを通り超えて、同じ人間なのかと問いたい。むしろ、異世界の姉様に何の気の迷いでこんな男を選んだので? と問い合わせしたい。
愛情があったら考えなくもないけど、今の状況ならむしろお断りだということがわからない感じなのが痛いというか。
「なにが悲しくて好きでもない男に貢がねばならないんですか」
出来るなら推しに貢ぎたい。こっちはいくらでも貢ぐ気はあるのにお断りされているのだ。一方通行、ちょっとツライ。
「俺のこと、まだ好きだろ」
「全然。少しも。ああいう仕打ちをされて許せるところがどこに?」
「別れないなら許してもいいと言っていたじゃないか」
……なんということでしょう。姉様はダメな男に引っかかるタイプだった。
天使様もお困り顔で、こういうのは想定してなかったなと呟いている。
「俺の顔気に入ってただろ」
「好みじゃないというか虫唾が走る」
正直に言えば衝撃を受けたように元彼がよろめく。異世界に置いてきた元夫と同系統の顔なので、正直好みというより不快が先立つというか。不安になってくる。
「うそだろ」
「嘘ではないのでお引き取りを」
「そ、そいつに騙されてるのか」
「はい?」
天使様が俺と言いたげに自分を指さしていますが、なんか、可愛い、じゃなくって。
「おかしいじゃないか、暑苦しい筋肉なんてとか言ってた」
「……姉様」
わからないでもないというところもあるけれど。道場はちょっと筋肉が……。あれの反動かと思えば納得もするようなチョイスでもあるような気もするけど、やっぱり問い合わせしたい。
なぜ、これ。
「そいつ、見覚えあるぞ。
前に藍里と話をしていた時に割り込んできたやつだ。まさか、その時から浮気を」
「いえ、その前にあなたとはお別れしてます」
はっきりきっぱり指摘しているのに一向に埒が明かない。無限にループしそうな気がしてくる。
物理で排除するわけにもいかないし、どうしたものか。警察呼ぶ段階でもないのが歯がゆいというか。
思い悩んでいるうちに、くいっと引き寄せられた。少しよろけてお隣に寄り掛かる。腰に回された腕ががっしりとしていて……?
「今は俺の彼女なので、今後近寄らないでもらいたい」
……幻聴が。
都合の良い、幻聴が!
「そんなの認めないぞ」
「そう言われても、既に別れている以上、そういう権利はない。
それに以前のことも傷害で訴えてもいいが」
「くっ。
覚えていろ」
という会話が頭上で繰り広げられていた。
なお、私はフリーズしていた。真っ白というのも生ぬるい。
「……藍里?」
「はっ。今、白昼夢を見たような気が……」
現実逃避がはかどって天使様が私のことを彼女だなんて! 推しは推しとして愛でるべきであって断じて彼女とかにはならないもので!
ならないのでっ! ちょっと落ち込んできました。そもそも次元の壁を超えるところから始める、むしろ死んでから本番みたいなあれで。
でも天使様のご要望は人生をちゃんと真っ当にやってこいで。
「まあ、あれ、悪夢みたいなやつだね。
帰ったら警察かな。一応、スマホで録音したけど証拠になるかどうか怪しい」
「天使様、助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。手出しされたらちょっと困ったことになるから逃げてくれてよかった。
ちょっと予定が狂ったけど、この後は楽しもうか」
「そうですね」
とふと我に返ったところで。
腰に回された腕が気になる。本当に恋人にでもするみたいにがっしりホールド。俺のですがなにかという主張さえ感じそう。
「……うあ、ご、ごめん。
他の言い方出来ればよかったな」
天使様もわたわたと放して、距離を取られた。
「いえ、嫌じゃなかったので」
というよりむしろとても嬉しいくらい。
思い浮かんだ言葉に、自分でも驚いた。嬉しくて、嘘だと知っていても幸せで。
ああ、これって。
ようやく気がついた。
推しだからあのときドキドキしたわけではなかった。
「嫌じゃなければよかった」
「嫌ではないんですが」
「え、ほかに問題が?」
「嫌じゃないどころか、私、天使様のこと愛してるみたいです」
絶句されました。
ある意味異世界でも顔のいいダメな男に引っかかっているので本質的には変わってないような……。