表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
入れ替え令嬢は社畜になりたい!【藍里編】
13/27

手の触れるくらいの近さ

今まで苗字出てませんでしたが、水谷藍里となりました。

 今日は珍しく残業のない日だった。夜は何を食べようか考えながら席を立った。他の部署もそれほど忙しい日ではなかったらしく、何人かは席を立っているようだった。

 遠くから今日は飲みに行かないかという話をしている声が聞こえた。

 私もどこか寄っていこうかなと考えながらエレベータを降り、ビルを出る。

 外はもう暗くなってきていて季節の移ろいを感じた。このまま駅に向かおうかどうしようか考えて立ち止まる。


「今日も遅いね」


「今日は早いほうですよ」


 立ち止まったのを見計らったように声をかけられた。

 なぜか反射的に私は答えてしまったのだけど。

 声の主を見て数秒。

 まさか、まさか!?


「て、てんしさまぁっ!?」


 素っ頓狂な声で叫んでしまった。


「遅かった」


 がっくりとしたような声と半端に伸ばされた手。どうやら叫ぶのを阻止したかったらしい。

 困ったように眉を下げられているのが意外に可愛い。


「どうしてここに?」


 いつもと同じようでちょっと違う天使様は辺りを見回している。変な声をあげたからか注目されてしまったような。


「事情説明はするけど、この場は離れていいかな?」


「はい」


 他に何が言えるというのだろうか。

 少しためらってから手首をつかまれてびくっとしてしまったけれど、今度は悲鳴もあげなかった。心底驚いただけで、嫌なわけではない。


 今日の天使様はいつもと違う。

 いつもは少しグレーがかってぼんやり見えていたのがはっきり見える。金色の髪がつんつんしているとか、顔つきがちょっとやさしくなったなとか、少し小っちゃくなってるとか。

 それでも私よりは大きくて見上げるのだけど。

 今は180前後、くらいかなとちょっと見上げながら思う。いつもはたぶん2m超え。2か月くらい前に京都であった時は今日と同じくらいのサイズ感だったような気もする。

 でも、その時とは違うような気がするのだが。


 少々小走りになりながらもついていく中での観察はそれが精一杯だった。身長も違えば歩幅が合わないので仕方ないだろう。京都の時はそんなことはなかったのだけど。


「あの、ちょっと、早いです」


 私は信号に引っかかったついでに訴えた。スニーカーなら問題ないだろうが、今日はパンプスだ。ヒールが三センチでも走るのには向いていない。


「あ、ごめん」


 気まずそうに天使様は、慣れていないからなぁと頭をかいてますけど、なんでしょうね? 今日の天使様は可愛い。


「大丈夫ですよ。ええと公園でも行きますか? 特に行先も決めてないのでしょ?」


 幸いというべきか少し大きな公園が近くにある。ベンチもあるけれど空いているだろうか。


「ごめん。あの場所から速やかに離れたくて。

 出来るなら珈琲が飲みたい」


「え? 飲めるんですか?」


「今日は飲める体で来てるからね」


 ……。

 一部でなく完全に、実体ということは。思わず自分の手首をみてしまった。私の手首をやさしく包んでいるこの手は……。


 悲鳴をあげそうになった。

 いきなりここですと主張を始めた心臓。

 前兆もなく顔が赤くなる。

 ごつごつとした手の感触がやけにリアルに感じる。


 全部同時進行だった。


 結果、下を向けたのは幸いだったのだろう。挙動不審どころか不審者になる自信がある。


「嫌だったかな」


「ち、違います。想定していなかったので。

 珈琲、飲みましょうっ!」


 落ち込んだような声に慌てて顔をあげて断言する。

 天使様はびっくりしたように目を見開いているけれど、それほど驚かせてしまっただろうか。少し反省する。


「……そ、そうならいいけど。あの人魚で有名なお店にいきたい」


「は、はいっ! いきつけがあります」


 週一くらいでいくところがある。天使様が珈琲がお好きだというのでチャレンジしているのだけど、苦すぎてカフェラテにはちみつ五周くらい入れてもらっている。最近は言わずともはちみつ何周します? ときかれるくらい。


「じゃ、そこに……」


 天使様がいいかけて、私の後ろのほうへ視線を向けた。なんか困ったように眉を下げている。私もくるりとそちらを向くと知り合いがいた。後輩君と上司が。

 焦ったような表情の後輩君とぜはぜは言っている上司。謎の組み合わせすぎる。


「あの! 先輩! 大丈夫ですかっ!」


「大丈夫、ですけど?」


 そもそもの設問として大丈夫って何?


「どうしたんですか?」


「それがね。佐藤君が水谷君が知らない人に連れ去られそうって言ってたから」


 ようやくちょっとは息が整ってきたのか上司がのんびりとそう言っていた。

 連れ去られ? と疑問に思いながらも濡れ衣を着せてはいけないときっぱりと否定するべきだろう。


「知り合いです」


「だよねぇ。嫌なら倒していくよね」


「場合により警察も呼びます」


「だよねぇ」


 うんうんと頷く上司とはわかり合っているのだけど、後輩君は納得いかない様子。


「無理やり連れていかれてるようにみえました」


「歩調が合わなかっただけです」


「今後、気をつける」


 神妙な顔で天使様は言っていますが、にじみ出る困惑があります。


「脅されてるんじゃ」


「ちがう」


 上司と声がハモった。この上司の私に関する理解度は社内の誰よりも高いかもしれない。


「佐藤君は知らないかもしれないけれどね、水谷君はそれはそれはお強いので大丈夫。むしろなんであんなのに引っかかったのかが不思議すぎるともっぱらの噂で」


「工藤部長」


「……失言だったね。まあ、若人の誤解を解けたならば我々は撤退するよ。

 また明日」


「はい。また明日」


「……はい。失礼しました」


 納得がいかないという表情の後輩君を引きずって上司は帰っていきました。飲みでもいくかねと誘って断れてますね。


「なんだったんでしょうね?」


「客観的に見るとそう感じたんじゃないかな」


「不当な誤解です」


 明日にでも誤解であるということをもう一度説明しておこう。素直な後輩君に意外な行動力があったのは新しい発見だけど。


「でもまあ、俺の見た目こんなだから不審に思われても仕方ない」


「天使様はすてきですよ」


「気軽に褒めたりしない」


「本心なのに」


「より悪い」


 それなら天使様は自虐が過ぎると思うのだけど。世の中には仏像を愛でる女子はいる。

 それに言うほど怖くはない。


「あと天使様、禁止。前教えてたよな」


「はい。では、零様」


「様もいらない」


「じゃあ零殿?」


「そういう方向でもない。あとで練習」


 練習? と首をかしげる。

 なんだか楽し気だなと思いながらもそれ以上は聞かなかった。


 某珈琲店につき、運よく空いている席を確保できたのは良かったことだろう。

 私はいつものと注文して終わり。ついでにフードは季節限定のスコーンを追加する。

 呪文を覚えてきたと言いながら頼んでいる天使様は真剣で笑いをこらえるのに必死になることに。

 あわせて支払おうとすれば、天使様がおごってくださるという。ありがたくおごってもらいましたが、こちらのお金も用意しているというと用があって一時的にきたというわけでもなさそう。


「なぜここにいるかって話なんだけど」


 それぞれ飲み物を口にしてほっと一息ついてから天使様から切り出してくれました。


「休暇。人事が休めって一か月」


「人事? え、一か月?」


「人事。人員の配置換えや賞罰を専門かな。正式名称はもっと長い」


「そうなんですね。

 天使……ええと零さ、あ、う、れいは」


 天使様と呼ぼうとしたら不満そうにされてしまって、どうにか呼ぼうとしたのだけど。名を呼べと言うのはハードルが高すぎ。

 それも呼び捨てと。

 無理と主張しても退けられたので、推しがお望みであれば頑張るしかない。が、この恥ずかしい感じは慣れそうになかった。

 

「なに?」


「どこに滞在されるんですか?」


「寺。休暇用施設としての拠点がいくつかあるんだ。小規模の宗教施設ばかりだけどね」


 教えてくれたお寺は私の住まいからは三つくらい先の駅の近くにあるものだった。私も行ったことがある。

 天井の竜の絵がすごいと紹介されていたのだ。実際見に行ったところどこから見ても天井の竜と目があうようにかかれていた。


「今度の週末は暇かな」


「予定はありません」


 あったとしてもないことになります。


「俺の用事につきあってくれない?」


「用事、ですか?」


「色んな所のお土産買ってこいって言われてるんだ。

 もちろん費用は俺持ちで」


「私で良ければ、お付き合いします」


「よかった。遊園地に一人で行くのはきつい」


「私も行ったことないので楽しみです」


 そこからスマホを駆使してプラン立てをすることに熱中してしまいました。

 朝から夜までみっちり予定を詰め込む私に天使様は苦笑している。


「夜遅くなると帰りにくいから近くのホテルにでも泊まる?」


「え?」


 お泊まりのお誘い?


「もちろん別室」


「そ、そうですよね」


 天使様に冷静にそう返された。やだなぁ、びっくりしたなぁとぱたぱたと手で顔を扇いでしまう。それでもなんとなく気まずい。

 今日はもう遅くなってしまうとそこで帰ることにした。連絡先を交換して感慨にふけっている間もなくお店を出て駅まで向かう。

 幸い使う電車は同じものだ。一緒に帰るだけなら問題ないと思っていたのが間違いだった。


 世の中に帰宅ラッシュというものがあったことを忘れていたせいだ。終電ちょっと前くらいの電車ばかり乗っていると他人事にもなる。あれはあれで混んでいたりするけど、人の量が違う。

 私たちが乗ったときはちょっと余裕があった。人はいっぱいだが、そこからちょっと詰めればそれなりに乗れそうな感じに。

 二駅先でどっと乗り込んできた。天使様とはなれそうと思ったところで、引き寄せられて胸の中にすっぽり収まっていた。

 そこから身動きできずに3駅。そこは最寄り駅。どうにか降りれたはいいけど、腰砕け。


「大丈夫? あんな電車あるんだね」


「わりと普通らしいですが、いつもはもっと遅いので人は少ないですよ……」


「少し休んでいく?」


「はい」


 天使様は電車にやられたと誤解しているようだ。私は違うということは申告しないことにした。


 あれはいけない。

 なんなのあれ。

 あれは、どうなのあの筋肉っと脳内であらぶっているのは知られたくもない。

 お香みたいな匂いしたとか身悶える何かなんて絶対黙秘だ。


 そのあと、どうにか立てそうになりマンションまで送ってもらった。大丈夫といっても心配と押し通されたのだ。普通なら喜ぶところであろうが、今は、色んなものを溢れさせないだけで精一杯で。黙って握られた手を見ていたりした。

 なにこの幸せ。


「じゃ、また連絡する」


「はい。お待ちしてます」


 天使様を見送って部屋に戻るなり、私は力尽きた。

 推しからのファンサが過ぎます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ