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離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
入れ替え令嬢は社畜になりたい!【藍里編】
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黒い指先

「頭、抱えてる」


 ぽつりと上から降ってきた言葉に彼は頭をあげた。

 目の前に同僚がいた。この同僚というのは見た目はキラキラの巻き毛の幼児だ。ぷにぷにもちもちの羽を生やした絵画的天使。今もぱたぱたと羽を動かして浮いていた。

 なお、中身は下界基準で千才を超える。


「なにしてんの?」


 心底不思議そうに問われてどういうべきか彼は言葉を探した。

 一言で言えばこれだ。


「反省」


「反省? ああ、なんかやらかしたんだ。手が黒い」


 彼の右手は今は黒い。少し感覚が鈍く動きにくかった。次元を落として干渉した結果だが、見られると気まずい。

 その件ではペナルティは回避したものの小言はもらった。


 同僚はぱたぱたと飛んで彼の部屋の椅子の一つに座った。ふかふかなそれは来客用だ。彼が座ったら布がやばいほど伸びていて断念した。人をダメにするというから試したかったのだが。そもそも天使に重さの概念があるのが間違いなのではと考えたが答えはなかった。

 普通に重力っぽいものもあるし、質量もある。見た目通りの重さとも違う感じではあるが。

 彼より細くても倍くらい重いことだってある。言えば糾弾されそうなので言ったこともないが。

 同僚は幸い見た目通りの質量なのでぽすっと軽い音を立てるに留まっている。


「相変わらず殺風景な部屋だよな」


「難癖付けにきたんですか?」


 言われるまでもなく物がない部屋ではある。来客用の家具以外は仕事用の机と椅子とその他雑多なものをいれるような棚くらいだ。

 その中で飲み物を用意するための机とそこそこ大きい冷蔵庫が異彩を放っている。


「まあ、とにかく珈琲ちょうだいよ。君のが一番うまい」


「……わかりました」


 手で入れるならともかくコーヒーメーカーが作るものに差異はそれほどないと思うのだが、何か違うらしい。質というより味の趣味が合う的なものだろう。

 このコーヒーメーカーは豆を挽くところから始めるので電源を入れればごーっと音を立てている。珈琲ができるまでしばらくかかるだろう。

 彼は置きっぱなしだったアイスティーを手に取った。もう氷も溶け切って持ち上げれば水が滴る。


「あれ、なんでそっちは紅茶なんだい?」


「作り置きアイスティです」


「アイスコーヒーも作り置きしよ?」


「ご自分の住処でやってください」


「めんどい」


「俺も嫌ですよ。

 そういう話しにきたんですか?」


「いや、休暇の話」


「そういう話してましたっけ?」


 あまりにもさらりと言われたので彼は自分の記憶を振り返った。同僚とあったのは半年前でそのときはなにも言ってなかったような気はする。

 突然、以前から話があったように休暇を言いだすのは数回あったので今度もそんな話だろうかと彼は首を傾げた。


「僕じゃなくて、人事が最近、君、働き過ぎだからちょっとやすみなさいって。

 こちらから言っても断られそうだからって僕が説得込みで通知を仰せつかったのでございますですよ」


「ちょっとってどのくらい?」


「下界で言う一か月ちょっと。どっかの教会で住み込み予定。よくあるやつだよ」


「いっそ、寺とかのほうが」


 同僚は無言で彼を見返した。


「確かにどっかの仏像っぽいもんな。ふわふわキュートな僕とは違う」


「自分で言うのもどうかと思いますけどね」


「五百年以上この姿で飽き飽きしてんだよ」


 やさぐれたように同僚は言っている。あれは自認しているというより自虐だ。ツッコミ待ちのやつなのに他の人にはスルーされがちである。


 見た目という話をすれば天使というのはほぼ同じ姿である。一応、生まれたては幼児だったりするが一瞬すぎて彼の記憶にあまり残ってない。公式記録には残っているが見返すまでもないだろう。どうせ目つきの悪い三白眼の子供がうつっている。


「まあ、それはさておき。仔細は人事と相談して。

 不在の間のあれこれは僕が引き受けるから」


「……はぁ」


「一か月くらいはなんとかなるっしょ」


「まあ、いいですけど」


「色々心配かもしれないけどうちも秘書が……。

 今、いいっていった?」


「いいましたよ」


「あー、人事人事。いいって言った即決。なんかあったの?」


 彼としてはその場で即電話されるほどに珍しいとは思わないのだが。

 同僚はその後も人事と話をしていたようだが、聞かないことにした。一応、守秘義務は生きている、はずだ。


 彼としても、人事からの小言には少し思うところがあるのだ。


「……そのくらいあればなんとかなるかな」


 この間、会った藍里がなんだか変だったのだ。いつものように見上げることもなく、うつむいて帽子のつばに隠された表情は全くわからなかった。

 最後は楽しそう、ではあった気がするのだが、なにかに気がついたように悲しそうな顔をさせてしまった。

 そのうえ、連れて行くなどという失態。冗談と言いながら半分くらいは本気な自分に絶望する。


 彼女の余生はあと40年ほど。そこはきちんと生きてもらわねば困る。ちゃんと幸せに。

 彼の存在は邪魔にしかならなそうだから、それなりに線引きはすべきだろう。ある程度まできたら人としての幸せを願うくらいしか彼にできることはない。関与しすぎではと指摘されるほどではあるのだから、接触は控えるつもりだったのだ。

 つもりであって実際は元気かなとか気にかける末期症状に頭を抱えてはいたのだが。


 未練がましい何かを吹っ切るための期間としては一か月くらいでちょうどいいだろう。


「珈琲出来ましたよ」


「ん。ありがと。

 久しぶりの休暇になるんでしょ。下界には詳しいからデート攻略は任せて!」


「……は?」


「だかぁらぁ下界慣れしてないから指南してあげようじゃないかって話」


「しませんよ。デートなんて」


「まあ、観光するのも楽しいよ。ついでに土産を買ってきて」


「そっちですか」


 ついでではなく土産が主体であると彼は認識した。

 同僚は久しぶりの日本、流行りものは押さえたいと楽しげだった。もはやお使いという名の休暇になりそうである。

 それはそれで気がまぎれそうではあった。

 そう話しているうちに同僚の背後の空間がすっと割けた。細い指先がそれをこじ開ける。


「あ」


「ん? なんかあんのって!?」


 背後を振り向いた同僚が青ざめていた。


「うちの可愛いもちぷに生物はおじゃましてませんか。してますね。お邪魔しました」


 同僚は裂け目から現れた手たちに流れ作業で回収されていった。たすけてーっと悲鳴を上げていたが邪魔する理由もない。あれはあちらの秘書だ。何も言わずに抜けてきたに違いない。

 それにしても空間から出ている多数の手は何度見てもきもいと彼は表情を引きつらせた。捕食されているようだ。


 そして、何事もなかったように静寂に満たされる空間。


「あ、珈琲カップ」


 持っていかれてしまった。あとで弁償してもらおうと彼は決める。


「さて仕事仕事」


 休暇をするならそれなりに引継ぎ事項はある。伸びをすれば、思ったより軽く右手が動いた。手を見れば指先しか黒くなかった。


 小さい手としっかりと握られた指先。

 熱いくらいの温度。


 それに触れた指先の微かなきしみさえも愛しいような気がした。


隣に推しがいる限界オタクの心境を推し量るのは難しい。

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