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離婚してくださいませ。旦那様。【連載版】  作者: あかね
入れ替え令嬢は社畜になりたい!【藍里編】
11/27

有給休暇は推し事

 今日も今日とて推し事が捗る。

 私は京都に来ていた。昨日は奈良にいた。有休消化の期限に追い込まれての連休で、家族におすすめされての旅行だった。

 気乗りしなかったのだが、パンフレットを見た瞬間に即決めした。

 素敵な金剛力士像様は、私を待っている!

 元々休日にあちこちに参拝にいってはいたが、遠出はしていなかった。もったいなかった。


 あっという間に付箋だらけにした観光ガイドに会社の人はすごいねと言っていたけれど見どころがありすぎてこれでも足りないくらいだった。


 今回は奈良、京都だが今度は山形に行くつもりだ。修験道というものがあって、天狗がいるらしい。天使様の翼は白かったけれど、黒くてもかっこよいのではと思いついたからだ。


 次の連休が楽しみだ。うきうきしながら、朝一でいくつもりのお寺に向かっている。

 仁王門の金剛力士像がよいという話なので、一番最初にやってきたのだ。朝食もそこそこに切り上げて開門と同時に入るくらいの気合いで。


 私はお寺を見上げた。

 寺の入口に仁王門がある。すーはーと深呼吸をして、一気に階段を駆け上った。


「……はぅっ」


 目的の金剛力士像を見上げてよろめいた。

 荷物のせいで、ちょっとどころではなく態勢をくずしかけたところを支えた手があった。


「階段はびびるからやめて。俺のトラウマ」


 焦ったように言われて、そのまま支えられちゃんと立たされる。

 私はそこで改めて支えてくれた人を見る。やはり見上げるほど大きい。ただ、いつもとは違うような気がした。


「ありがとうございます。天使様。

 今日はどうしてこちらに?」


「ふと気がついたら階段落下事故起こしそうな君を見たから」


「そ、それは申し訳ありません」


「緊急アラーム鳴るから焦った」


「なんですか、それ」


「……意図しない規定外の事故が起こりそうなときに鳴るやつ」


「すみません。お仕事を増やすところでした」


 元々私の不注意で予定外に死んでしまいましたから。

 そういうと天使様が特大のため息をつきました。


「そもそも、なんで、そんな大荷物持ち歩いてるんだい?」


「持ち歩かないでどうするんです?」


 大きめのリュックに荷物を入れているのだ。二泊三日でも結構な荷物になってしまっている。本当はキャリーケースに詰めたかったのだが、想定外のことがあり断念した。まあ、キャリーケースにしても引っ張るだけでどこでも荷物を持ち歩くことには変わらないけど。

 天使様はあーうーと唸ってしまいましたがどうしたんでしょう?


「この世界にはお金を出して荷物を預ける箱があるんだ。そこを使いなさい。駅で教えてあげるから。

 ほら荷物寄越して」


「持てますよ」


「さっきの見たら安心できない」


 そう言われるとそれも申し訳なく、天使様にお渡しします。


「で、なにに驚いて倒れそうになったんだい?」


「そ、その」


 金剛力士像が素敵すぎてというべきなのでしょう。しかしですね、最推しの前で他の推しの話をするのはためらわれるわけで。

 そもそも天使様が原因でこう、はうっとなったわけで。


 説明できない。


「な、なんでもありませんっ!」


 黙秘。


「なにもない、いや、なくはないか」


 ふぅん? と天使様は金剛力士像を眺めている。

 なぜか冷や汗が出てきた。まずいまずいまずいと脳内をぐるぐる回るけれど、良い解決法が思いつかない。

 ふと目に留まったのが自分の荷物だ。


「あ、あのっ! なんで、荷物持てるんですか?」


「持ってはいないよ。他の人にも見えるようにはなっているけど、実体ではないし」


 天使様が手を離しても荷物はふよふよと浮いたまま。そのままも不審なのですぐに持っているように戻してしまいましたけど。


「駅まで送っていく。移動はバス……、お金ないんだった」


「払いますっ! ぜひとも払わせてくださいっ!」


「お、おう。頼む」


 天使様は私の勢いにちょっとびっくりしたようですよ。

 少額と言えど推しのためにお金が使えるというのは得難い体験です。それでしか得られない栄養というものがあります。


「行きますよ」


「だから、階段は気をつけろと」


「はぁい」


 バス待ちの時間も天使様は隣にいてくれました。送ってくれるという話なのでそうなるのは当たり前なのだけど。

 最近お会いしてなかったので嬉しすぎて逆に私から話ができません。

 ち、近くに、こぶし二個分くらいの距離にいる。

 落ち着きません。


「最近、どう? 落ち着いてきた?」


「はい。お仕事も楽しいです」


「そのブラック労働どうかと思うんだけど。ちゃんと休みなよ?」


「はい」


 柔らかで優しい声は、いつも通りで安心するけれど、胸が痛い気もしてきます。もっとずっと聞いていたいけれど、逃げ出したくもなるような。


「俺も休暇とろうかな」


「天使様も休暇、あるんですか?」


「他に仕事してくれる人を見つける前提で、発生する」


「……それ、休めなくないですか?」


「そうともいう。

 まあ、一週間くらいならなんとかなるかも」


「人間時間で?」


「この世界の概念での一週間。

 向こう的に言えば、煙草休憩15分」


 なんともコメントしづらい休憩。仕事をしているとイラっとしますけど休暇といわれるとそれは休みではないのではと言いたくなる。


「優秀な秘書がいればちょっとマシになるだろうけど、探す暇もない」


「どういう条件で探しているんですか?」


「まず、死人」


「死人……」


「永劫に近い時間を俺と一緒にいても平気」


「……ご褒美では?」


 あれ? もう一回死ねば推しと一緒にいられるのでは?

 気がついてはいけないことに気がついてしまったような……?


「ん?」


「天使様と一緒にお仕事できる人が羨ましいです」


 今はそういうことにしておきましょう。予定外に私が死んだら始末書だというし。

 天使様は微妙な表情でそうかなぁと呟いている。私を見下ろして小さく首を横に振った。


「バス遅いね」


 のんびりとした声がどこか緊張しているようで、私も緊張してきました。


「あ、そう言えば、天使様なんて人前で言われたくない。

 零と呼んでほしい」


「れい、ですか」


「この業界でのよく使われる偽名。なにもない、存在しないと強調することで忘れやすくする効果がある、らしい」


「忘れやすくする必要があるんですか?」


「俺は本当はここにいちゃいけないからね」


「教えていただければ一人でも頑張りますよ」


 いちゃいけないと言いながら、ここにいるのは私が頼りないからだろう。あまり手を煩わせることも心配になる。


「俺がそうしたい。

 困っちゃうよね」


 そう言って笑う顔を私は直視できなかった。心臓のドキドキが収まらないどころかきゅうっと痛いくらいで。

 病気? 病気なの!?


「あ、バス来た。最初に乗車賃を払うんだっけ?」


「え、はい」


 そこから先はあまり記憶にない。二人席が空いていて、隣に座ってしまったからだ。見えるだけで実態はないというだけあって触れている感触はなかった。

 なかったけどっ!


 近すぎる。

 思考を放棄するくらいに近すぎた。


「乗り物酔い? 大丈夫?」


「だ、だいじょうぶです」


 心配して覗き込まれて、息が止まりそうなったとは言えない。

 推しの力というのはこういうもの……。


「熱ある? 熱中症とか怖いからこのあとしっかり休憩して」


「はいぃ」


 辛うじてそう答えたのが最後の記憶だ。額に触れた手のひらが冷たかった。


 バスを降りて京都駅に着くと天使様はインフォメーションでコインロッカーの場所を確認してくれた。そのまま手を引いてその場所まで案内してくれる。

 それどころかてきぱきと使い方を教えてもくれた。

 え、天界にもあるの? コインロッカーと思うくらいに手慣れた感じだった。

 そのまま荷物を入れたかったが、預ける前提で入れていないため必要なものまで入れてしまう。一度、他の場所で荷物整理が必要だった。小さい鞄は入れていたので財布などを入れ替えるだけだが、通路で広げるものでもなかった。


 本当ならお茶でも誘いたいところだが、天使様はこの世界のものを食べたりできない。それに時間もあまりないということでここでお別れになる。


「ありがとうございます。お手数をおかけしました」


「いいよ。楽しかったし」


「わ、わたしも」


 楽しかったと言っていいのであろうか。手を煩わせてしまっただけで、いいところは何もなかった。

 天使様は私のことをじっとに見下ろして、口元だけで笑った。


「そういう顔してると、連れて行ってしまうよ?」


「え」


「冗談だ。さて、帰るよ。またね」


 別れの言葉すら言う間もなく天使様は消えてしまった。そもそもそこに誰もいなかったように。


「……し、しぬ……」


 こ、これが推しの力。胸を押さえて呻くもの。それが今の私。

 そのまましばらくいたため、通行人に心配されてしまいました。

藍里は一人称と忘れて書いて入れ損ねたところを供養として記載します。

幸か不幸かこの見た目で声をかける猛者はいなかった。


 清楚可憐な見た目の藍里は行く先々で声をかけられそうになっているが、寸前で諦めたように通り過ぎていく。

 日焼け防止のつばの広いアイボリーの帽子、紫外線予防のサングラス、ノースリーブのカットソーとUVカットのパーカー、バギーパンツといった装い。

 というのにこれから登山でも? というようなリュックを背負っていた。そこにお守りなどをじゃらりとつけていれば、異様な気配が漂う。

 本人が意図しないところで人避けが完成している。


 大きなリュックになってしまったのはキャリーケースに轢かれるという謎のどんくささを発揮したためだ。売り場で周囲の人が二度見したくらいの事態に藍里は半泣きで諦めた。それでもコインロッカーなどを使って観光の時は置いておけばいいのだが、その発想がそもそもなかった。

 異世界には残念ながらコインロッカーという概念はまだない。当然のように藍里もコインロッカーは見たことがあってもそれに荷物が預けられるということは理解していない。


 普通ならどこかでへばりそうなものだが、元々の藍里のスペックが可能とさせている。社畜と武道で培われた体力は中々のものだった。


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