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推しキャラのコスプレをした幼馴染がひたすら尊い

作者: 敷島しぶき

 まだ暑さの残る九月の終わり。

 高一の俺は友人という友人もおらず、今日も登校するなり一人、自分の席でソシャゲをやっていた。


 ──ライジングプリンセス。

 略称、ライプリ。

 高校に入ってから、俺が一番熱を上げているアイドル育成ゲームだ。


 そのライプリで俺は今日も、一番の推しである涼見すずみレイナを育成している。


 愛嬌のある表情が眩しい高校一年生。流れるような長い黒髪、凛とした顔立ち……何より、礼儀正しく頑張り屋。まさに俺の理想そのものだった。


「うわ……本当に好きだね、その子」


 斜め後ろを振り向くと、そこにはくりっとした目をパチパチさせる美少女がいた。


 目鼻立ちの整った顔、ぱっちりとした目に明るい栗色の瞳。

 視線を落とせば、モデルのような体型、腰のあたりまで垂れたさらりとしたブラウンの髪──


 文句なしの美少女が、俺のスマホの画面を覗き込んていた。


 こいつは獅子ヶ谷香奈。

 俺の幼馴染にして、隣の席のギャル。


「流行の推しってやつ?」


 少し低い声と共に、息がふっと俺の耳をくすぐる。

 揺れる髪からは、柑橘系の香りがふんわりと香った。


 同級生の誰もが、思わずドキッとしてしまう距離だろう。


 だが俺からすれば、ただただうざったいだけ。


「勝手に覗くなよ……」


 ちっと舌打ちし、俺はスマホをスリープさせた。


 それから面倒くさそうに、机に置かれた炭酸飲料レモーナを煽る。


 香奈といえばそのまま隣の机にスクールバッグを置いて、そのまま椅子に腰を落とした。


「おはよ、良太。今日も、朝からゲーム?」

「関係ないだろ、お前には」

「ええー、教えてくれたっていいじゃん」


 そう言いながら、香奈は自分のスマホを細い指で弄り始めた。


 いつもこんな感じで、会話は終わる。

 幼馴染とはいえ、特に共通の話題もないからだ。


 香奈とは家が近いこともあって、小学生時代はよく遊んだ。一緒にゲームやったり、近くの公園で遊んだり。


 だが、中学時代は別々のクラスということもあり、徐々に疎遠になっていった。


 たまに会ってもこうして、挨拶してから一言二言交わす程度。たまたま同じ高校に入って、同じクラス、隣の席になってもずっとそれは変わらない。


 香奈は基本的に誰に対しても不愛想だ。それがいいという男子もいるが、俺は愛嬌のある子が好きだから全く分からない。俺の理想は涼見レイナただ一人だけなのだ。


 俺と香奈の間に、いつもと同じ沈黙が流れる──はずだった。


 今日は珍しく、香奈が言葉を続けた。


「そうそう、良太。あんた、その子のことが好きなんでしょ?」

「ああ? しつこいな、お前も。お前には」

「この子知ってるでしょ? これ、この子」

「え?」


 思わず口がぽかんとなる。


 香奈の見せてくれたスマホの画面には、なんと涼見レイナがそのまま三次元に出てきたかのような人物が映っていたのだ。


 明るい水色のブレザーに、薄緑のチェックのスカート。現実の学生服ではあまり見かけない色合いだが、全く安っぽくない。


 とても再現度の高いコスプレ。

 あまりその道には詳しくないのだが、すっかり感心してしまった。


 画像のレイナのコスプレの子に見とれていると、香奈はスマホの画面を暗転させてニヤニヤと言う。


「やっぱ食いついた」

「お前が見せてきたんだろ……」


 ……別にいいし? あとで自分で調べるし?


 あれだけの再現度だ。きっと有名なコスプレイヤーさんに違いない。シャベッターで検索すればすぐに出てくるだろ。


 ただおちょくられただけ……

 そう思っていたが、香奈は意外なことを口にする。


「そんなに怒んなくてもいいじゃん。実はさー、良太にこの子を助けてくれないかなーって」

「助ける? 何、お金? 香奈、お前危ない商売でも始めたの?」

「私を何だと思ってんの……」


 香奈は購買で買ったであろうイチゴミルクをストローで吸った。

 

 それから少し間を置いて再び口を開く。


「そうじゃなくてさ、来月。来月ハロウィンっしょ」

「ああ、ハロウィンね。仮装してなんかわいわい集まるやつ」


 俺には縁のない話だね。


 でもまあ、仮装だけじゃなくてコスプレする人も多いとかはよく聞く。


「そ、でねでね、この子がプロデューサーのコスプレして、仮装行列に参加してくれる人を募集してるんだって」

「プロデューサー役?」


 基本的に、ライジングプリンセスのプロデュサーが何かを喋ることはない。選択肢で、アイドルにかける言葉を選んで、反応が分岐するってことはあるけど。


 つまるところ、プレイヤーその人であって、外見が設定されているわけでもない。


「良太、今の画像の子詳しいんでしょ? この子、あまりこのキャラクターのこと詳しくなくてさ。仮装行列の後、ゲーム中の場面を再現した写真とか動画撮りたいみたいだから、助けてやってよ!」

「それなら、実際にゲームするのが一番だと思うけど……」

「忙しい子だから、一か月じゃ全部できないんじゃないかって」

「まあ、確かに一か月で今実装されているイベントを全部見るのは厳しいな……」

「でしょでしょ! ボーダーのID教えるからさ、ゲームのやり方とか色々教えてあげてよ。んで、当日一緒にいってあげて! 私の親友なんだ、その子!」


 おなしゃすと香奈は頭を下げる。


 困ったな……知らない子にゲームのことを語るのは、なんというか恥ずかしい。


 ただ、外見をこれほどの再現度にまで持ってくる子だ。適当な写真をSNSに上げたとき、ちゃんとゲームやってないんだなって思われるのはなんというかもったいない。


 それにゲーム中のレイナの場面やポーズ、口調に至るまで忠実に再現できれば、SNSでレイナのファンが増えるのは間違いない。


 そうなると、レイナのイベントや衣装とかも増えるわけで……


 あれ───めちゃくちゃ俺に恩恵あるじゃん。


 だけど、やっぱり知らない子といきなりというのは……

 ボッチの俺からすると難易度高すぎというか。


 一方の香奈は、なんだかとても不安そうな表情でこちらを覗いていた。


 親友の頼みだからだろうか。

 そのぱっちりとした目は、じっと俺に向けられていた。


 最近、香奈の顔をここまでまじまじと見ることはなかった。

 やっぱり、めちゃくちゃ可愛い。もっと愛嬌があって、髪を染めてなければ、俺はもっと香奈に積極的に接していたかもしれない。


 ともかく、こんな顔されたらとても断れない……


 俺は「いいよ」と素っ気なく答えた。


 一方の香奈は、小学生のとき見せてくれたようなとても明るい顔をするのだった。


~~~~~


<今○○駅着きました。駅前広場で待ってます>


 手短に、俺はレイナさんにメッセージを送った。


 レイナは、香奈の親友さんのことだ。


 もちろんレイナは本名ではない。匿名でいいですかということで、レイナさんとして俺とやりとりすることになった。


 とはいえ、やはり気になるのが人のさが


 香奈に紹介されたあと、俺は徹夜で『涼見レイナ コスプレ 神』を検索しまくった。

 しかし、香奈の見せた画像の子はいなかった。ならばと有名なコスプレイヤーも調べるが、やはり分からない。


 あの画像は親友の香奈だけに見せたのかもしれない。


 まあ、今日この後実際に会うことになるのだから、もうどうでもいいことだが。 


 この一か月、俺はレイナさんと、涼見レイナについてメッセージのやり取りした。


 最初は気持ち悪がられると思ったが、レイナさんはむしろ分からないことを積極的に聞いてくる人だった。

 だから、ゲームをやってるだけじゃ分からないアニメやらノベライズでのレイナについても教えてあげたりした。

 あとはまあ、実際にゲームをやってもらい、試験をしたりとかも。


 そんな傍目から見れば気持ち悪いと思われても仕方ないやり取りをしていたが、レイナさんは少しも前向きな姿勢を変えることはなかった。


 俺のレイナさんに対する好感度はもうマックスだった。

 涼見レイナも頑張り屋さんで礼儀正しいからだ。


 見た目もあの再現度だしな……


「あの、戸部良太、さんですよね?」


 涼見レイナにしては少し低い声。

 だが、喋り方と口調は、涼見レイナそのものだった。


「え、あ……」


 声の方向に振り返った瞬間、俺は言葉を失った。


 そこにいたのは、涼見レイナそのもの……いや、大変遺憾だがそれ以上の女の子が立っていた。天使が降りてきたような、そんな錯覚を覚えた。


 水色のベストと、うす緑色のチェックのスカート、黒のニーソ。

 涼見レイナの着ている私立聖アドリア学院の制服だった。


 顔もそれはもう、美人や可愛いなんて言葉じゃ収まらないものだ。

 尊い……ただひたすら尊さを感じる。


「は、はい! 俺が良太です!」

「レイナ、です。良太さん、本当にありがとうございます」


 涼見レイナ同様、とても綺麗なお辞儀をするレイナさん。

 艶のある黒髪がさらりと垂れると、柑橘系の良い香りが香ってきた。


 なんというか、安心感のある良い匂いだ。

 ゲームの涼見レイナからは、香りを感じることはできない。

 それもあって、俺はもうなんだか涙が出そうになっていた。


 俺はそれを必死にこらえ、レイナさんに言う。


「気にしないでください。俺は楽しくやりとりさせてもらいましたし……今日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします! まずは、仮装行列に参加しましょうか」

「ええ。あと、三十分ほどで始まるみたいですからね」


 俺とレイナさんはそのまま、仮装行列の出発地点となる公園へ向かう。


 実際に会うのはこれが初めて。

 だからか、やはり気まずい。


 それにレイナさんが綺麗すぎて、とても直視できない。

 眩しくて見えない、という言葉がしっくりくる。


 だが、これから半日一緒にいるんだ。


 ここは俺たちの共通の知人である香奈について話して、場を持たそう。


「そういや、香奈は来てないんですね」

「え? そ、そうですね。香奈は……誘ったんですが」


 少し寂しそうにレイナさんは言った。


 それからまた、すぐに沈黙が訪れる。


 だがやがて、レイナさんのほうからこんなことを訊ねてきた。


「香奈のこと気になるんですか?」

「そ、そりゃまあ。紹介してくれたのが香奈ですし」

「……良太さんって、香奈のことどう思ってます?」

「香奈ですか? あいつとは、幼馴染で」

「それは知っています。そうではなくて、今の香奈をどう思っているのかなって」

「え? 今の香奈ですか……」


 友人だろうし、あまり悪いふうには言えない。

 それに、確かに面倒くさいと思うことはあるが、別に嫌いなわけじゃない。


「あいつ、クラスの男子からすごいモテるんですよ。あまり自分から喋らないのに気が付けば周りに女子が集まっているし。かたや俺はゲームばっかりやっているし友達もいないんで……ちょっと距離は感じますね」

「そ、そうなんですね……やっぱり」

「やっぱり?」


 俺が問うと、レイナさんは慌てて首を横に振る。


「い、いえ。どおりで、涼見レイナのこと詳しいんだなって!」

「ええ。それはまあ」

「でも、香奈のことは嫌いじゃないってことですよね?」

「まさか。逆に、香奈は俺のことなんか言ってました?」

「え? そ、そうですね……私が言っていたことは内緒にしておいていただけますか?」


 レイナさんは少し言いづらそうな顔をする。


 え?

 俺、なんか香奈に嫌われているのかな。

 どうでもいいと思っていたはずなのに、ちょっと心配になってしまう。


「も、もちろん。そもそも、香奈とはそんな話さないですから」

「そ、そうですか。香奈はですね……良太さんのこと、わ、悪くにゃいって言ってましたよ!」


 噛んでしまったのが恥ずかしいのか、レイナは何故か顔が真っ赤だ。


 なんだ、この可愛いだけの子は……


 涼見レイナもセリフで噛むことはあったが、「にゃい」なんて言ったことがにゃい!


 もしこんなボイスの付いたセリフがあれば、百回も千回もリプレイしただろう。


 俺はにやつく顔をなんとか整え言う。


「悪く、にゃい……ですか」


 ……俺が噛むのかよ!

 頭の中で、さっきのレイナさんの「にゃい」がずっと木霊していたからだろう。


 変な沈黙が流れる。


 しかし、しばらくすると、レイナさんはいままでの声よりも少し低い声で笑った。


「ふ、ふふっ! ははっ」

「わ、笑わないでくださいよ。そもそもレイナさんが噛んだから」

「ご、ごめんごめん……じゃなくて、ごめんなさい。なんか、可愛いと思って」


 あなたのほうが可愛いよ、とでも返してやりたい。


 レイナさんはにっこりと笑って続ける。


「だからその、香奈はそんな感じだし、良太さんももっと仲良くなれるんじゃないかなって」


 仲良くか……

 昔は本当に仲が良かった。

 こうして二人でどっかいったり、十歳ぐらいのときは手を繋いだりもしたっけな。


 一か月、SNSの中とはいえ仲良くしていたからか、俺はレイナさんにどこか安心感を覚えていた。

 だからか、本音が口を滑る。


「俺も昔みたいに仲良くなれるならいいなと思います……だけど、俺と香奈には、共通の話題がないんです」


 スマホで服ばかり見てる香奈と、ゲームばかりやっている俺。

 互いに盛り上がる共通点がないのだ。


「なら……今日、私の写真をいっぱい取って明日学校で香奈に見せてください。香奈も、どうだったか気になるでしょうから」

「そう、します。しかしレイナさん。本当に、涼見レイナの話し方の再現度高いですね」

「ほ、本当ですか!? えっと……私、もっと頑張ります、プロデューサー!」


 レイナさんは胸の前でガッツポーズを作り、そう言った。


 少し腰を曲げて、左に二十度体を傾ける……すごい。ゲームの涼見レイナのポーズとセリフを、ほぼ完ぺきに再現している。


 一方の俺は、本当に酷い格好だ。


 プロデューサーだから社会人だろうと、安直にスーツだ。

 日曜だから、体格のいい兄貴から借りてきた。

 だから、背丈も裾も袖も全部合ってない。


「しっかし人多いですね。しかも、皆レイナさんのこと見てる」


 涼見レイナだと声を上げる者もいれば、なんとなくライプリの子だぞ言う者、全くライプリは知らないがレイナさんをすごく美人と褒める者。


 だが皆、だぼだぼのスーツの俺を見て、残念そうな顔をする。


 こんなになるなら、俺ももっとコスプレの勉強して来ればよかった……


 それこそ、この一か月色々やり取りしていたんだから、俺がレイナさんからコスプレについて聞けばよかったのに。


 というか、やっぱりレイナさん滅茶苦茶有名な子なんじゃないかな。


「つかぬことを伺いますが、レイナさんはコスプレして長いんですか?」

「え? 私ですか? 私はこういうの初めてですよ」

「うっそ……」


 思わず言葉が漏れた。


 すごい力入っているから、絶対にその道の人だと思ったが。


「う、嘘じゃないですよ! 本当に初めてなんです」

「そ、そうですか。でも、どうしてコスプレしようと思ったんです? それになんで、また涼見レイナを」


 涼見レイナはライプリの人気投票では、大変遺憾だが、上位のキャラではない。王道をいく正統派黒髪美少女なのにね。


 ともかく、ライプリをやっている者なら誰でも涼見レイナは知っているが、やっていない者からするとあまりメジャーではない。


 ライプリの顔は、やはり上位五名のファイブアイス。頭文字がアで始まる子たちだ。

 この五名は色んなコラボにも駆り出されているから、ライプリを知らなくてもこの五名は知っているという者が多い。


 レイナさんは俺の言葉に、難しい顔をする。


「あ……あの答えたくなかったら別に」

「いえ……ただその、好きな人が、このキャラクターが大好きなんです。だから、この格好をしたら、仲良くなれるかなって」


 おお、大胆な告白。恋するが故の力の入りようだったか。


 俺はふっと小さく笑う。


「……レイナさん。絶対にその人いい人ですよ。涼見レイナが好きな奴に悪い奴はいませんから!」

「は、はい。そ、そうですよね」


 レイナさんは若干困惑気味に答えた。


「でも、それって本当の私じゃないわけで……」

「別にいいじゃないですか。香奈の話じゃないですけど、写真見せれば絶対に仲良くなれますって! あとで、俺が撮ったとっておきの写真をレイナさんに送りますから!」

「は、はい! よろしくお願いします!」


 こうして、俺たちの世にも奇妙なハロウィンデートが始まった。


 仮装行列で、他の仮装やコスプレの人たちと一緒に、駅前の車道を練り歩いていく。


 レイナさんはやっぱり人気で、歩道から多くの人がカメラを向けていた。


 それが恥ずかしいのか、レイナさんは俺を盾に内側に引っ込む。その様子があまりに愛おしくて、まるで子犬のように思えてしまった。


 歩道からは度々「そこの野郎どけ!」という声が浴びせられた。


 俺はとてもいい気分だったので、笑顔のまま中指を立てるだけにしてやった。


 そんなこんなで仮装行列は終わった。


 帰ってきた公園ではいくらか屋台が出ていた。

 これはライプリの祭りイベントを再現するチャンスだと、レイナさんと一緒に屋台を回ることにした。


 レイナさんがある屋台の前で立ち止まる。


「あ! 綿あめですね!」

「お、気が付きましたか」

「はい! レイナが夏祭りで綿あめをプロデューサーに渡すシーン!」

「正解です! 撮りましょう!」


 綿あめを買って、さっそく撮影を開始した。


「首はこの角度ですよね?」

「ええ。大丈夫です! じゃあ、撮りますよ! はい、チーズ」


 ぱしゃりとレイナさんを撮ることができた。


 再現度もさることながら、やはりレイナさんは美しい。


 その後は、綿あめをもってくるりと回るポーズや、綿あめを頬張るシーンを撮った。綿あめを持ってない、色んなポーズも撮らせてもらう。


 さらさらとした黒髪と、スカートがふわりと揺れる。

 少し頬を膨らませたり、大きく口を開けたり、レイナさんは本当に色々な表情を俺に見せてくれた。


 なんというか、昔香奈と遊んだ日々のことを思い出す。

 香奈も昔は、こんなふうに色々な顔を見せてくれた。


 でも、一方の俺も香奈から見れば、不愛想に見えているのかもな……


 思い返すと、高校に入ってからまともに香奈と目を合わせてなかった気がする。あまりじろじろ見るのも、気持ち悪いって思われそうだし。だから、隣にいるなっていう感じでいつも過ごしていた。


 ……ちょっと香奈に優しくしようかな、なんて気持ちが芽生えてきてしまった。いかんいかん。そんなことしても、キモいとか言われるだけだ。


「よし。いっぱい撮れましたね。ちょっと、確認してみましょう」


 俺とレイナさんはベンチに座って、撮れ高を確認する。


「どうでしょう、上手く撮れてますかね?」

「ええ……あっ」


 レイナさんがすぐ隣で俺のスマホを覗き込んでいた。

 柑橘系の香りがふわりと香ると、遅れて綿あめの甘い匂いが漂ってくる。


「え、ええ。これなんか、本当にいい一枚ですよ」

「本当だ! これ、待ち受けにしてるシーン!」

「へ?」


 写真は、涼見レイナが綿あめを持ってベンチに座っているシーンを再現したものだった。「一緒に食べよう」と甘い声で囁いてくる場面。


 そしてこのシーンは、俺のスマホの待ち受け画像でもあった。涼見レイナの一枚絵の中でも圧倒的な尊さを誇る、破壊力抜群の場面だ。


 レイナははっとした顔をすると、すぐにスマホから顔を離す。


「あ、いや……ひとつ前に、スマホの待ち受けにして場面でした。えっと、あの好きな人が」

「あ、ああ! そうなんですね! この画像は、本当に素晴らしいんですよ!」


 まあ、涼見レイナ好きがよく挙げる、最高のシーンだからな。皆、待ち受けにしてるだろう。


「そ、そうなんですね……じゃあ」


 すうっと息を深く吸って、レイナは口を開く。


「一緒に食べよう、良太さん?」


 再び、レイナさんが再現してくれた。カメラも回っていないのに、俺のためだけに綿あめを胸の前にして、体を右に傾け、上目遣いをしてくれたのだ。


「れ、レイナさん……」


 気が付けば、目から水滴が出ていた。


 控えめに言って最高だ。

 なんなんだ、この幸せな時間は。

 俺は今、世界で最も幸せな男かもしれない。


 これ以上は、とても理性が持つ気がしなかった。

 もっと一緒にいたい。もっと遊びたい。俺はレイナさんに、好意を持ち始めてしまった。


 だけど、レイナさんには好きな人がいる。


 俺は「ありがとうございました!」と崇めるように頭を下げた。


「……ところで、飲物でも飲みません? 綿あめ食べたから、口がすっきりしないでしょうし」

「そうですね。近くに自販機ありますし、飲みましょうか」


 俺たちは近くの自販機に向かった。


 俺は愛飲のレモーナを購入する。

 レイナさんは、イチゴミルクを購入したようだ。


 イチゴミルクか。あまり口がすっきりしないと思うけどな……


 ともかく、俺たちはベンチに戻った。


 そのままとりあえず飲物に口を付けると、レイナさんが言う。


「ごめんなさい、良太さん。綿あめ残すのも悪いので、食べてくれません?」


 思わずレモーナを吹き出しそうになり、むせてしまう。


「ごほ、ごほっ」

「だ、大丈夫ですか、良太さん!?」


 咳払いする俺の背を、レイナさんは優しく撫でてくれた。とても暖かい手だった。


 頭が沸騰しそうになるが、レイナさんはむせて苦しそうにしているとしか思わないだろう。


「あ、ありがとうございます、ちょっと勢いよく飲みすぎてしまったみたいで」


 レイナさんがさっきまで、はむはむしていた綿あめだ。

 そんなことしたら……


 と思ったら、レイナさんは口を付けたところをちぎって、それだけはしっかり食べた。


 何を一人で盛り上がっているのか……


 しかし、こういった屋台の綿あめは本当に大きい。

 一人で食べきるのが難しいのは分かるし、持ち帰るのも手間だろう。

 かといって、捨てるのもなんだか悪い。でも、俺は綿あめはな……


 ここは……


「そうしたら……明日、香奈にお土産として渡します。あいつ、甘い物好きですから」


 昔は、祭りの屋台でよく一緒に綿あめを食べた。

 いつも香奈は残してしまうので、俺が残りを食べたが。


「香奈に……それは、喜びますね」

「もう子供じゃないとか怒る気もしますけどね」

「ふふ。香奈はまだまだ子供ですよ。そうしたら、よろしくお願いします」


 レイナさんはそう言って残りの綿あめを袋に詰めてくれた。


「お願いします」

「はい」


 俺は卒業証書を受け取るように、丁重に綿あめを受取った。

 こんな尊い子から託されたものだ。割れ物を扱うように、香奈まで届けよう。


 そんな中、レイナさんが言う。


「ご、ごめんなさい、良太さん。少しちょっと手がべたべたになったので、手洗いに」

「あ、分かりました。ごゆっくり」


 レイナさんはそのまま公園のトイレへと向かった。


 俺はこの時間を使って、香奈にメールを送ることにした。


「今、レイナさんから綿あめもらったから、明日学校で渡すから。楽しかったよ……っと」


 手早くメッセージを送信。

 さっきの待ち受けの話題になった画像も一枚、送っておく。

 香奈がいなければ、この素晴らしい時間はなかったわけだから、明日は一応お礼を言わないとな……うん?


 ぶうっと俺の近くで何かが震えた。


 ふと目を向けると、そこには明かりの付いたスマホが。


「あ、レイナさんのかな。え……」


 レイナさんのスマホの画面には、新着の文字と、今俺が送ったメールの前半部分の文字が。

 遅れて、一枚の写真と書かれた隣に、俺の送った画像が小さく映っている。


「え? ……え?」


 もう一枚、試しにレイナさんの画像を香奈に送ってみた。


 すると、再びレイナさんのスマホに画像が映る。


 しばらくすると別の通知が。


「香奈……大丈夫? 今日は頑張ってね」


 それからすぐに、『リョータ君♡』という文字の右隣りに映る俺の写真が。


 何が起きているか理解できなかった。


 レイナさんが香奈のスマホを使っている……?

 そんなバカな。


 じゃあ、レイナさんのこのスマホはなんなんだ。


 そんな中、トイレからなぜか急いで出てくるレイナさんが。


 俺はすぐに自分のスマホを顔に近づけた。


「あ。おかえりなさい、レイナさん。実は今、香奈にメールを送っていたところなんです」

「そ、そうでしたか! 私も香奈にあとでありがとうって送っておきます」

「え、ええ」


 横目で見るレイナさんは、顔を真っ赤にしていた。


 焦るときの声、髪から香る柑橘系の香り……俺は、レイナさんが香奈だってことを確信した。


 そして今までのレイナさんの言葉が、頭によぎる。


 ──おいおいおいおい……好きなやつって、俺じゃないよな?


 もし間違いだったら、とんでもなく恥ずかしい。

 だから、何かの間違いだと思うことにした。

 間違いじゃなったら、恥ずかしいどころの騒ぎじゃないが。


 俺は火照った体を冷ますように、レモーナを煽る。


 すると、レイナさんが俺に訊ねる。


「その飲物、好きなんですか?」

「は、はい。だいたいいつも学校で飲んでます。レイナさんは飲んだことありませんか?」

「実は、あまり酸っぱいのは苦手なんです。だけど、好きな人は酸っぱいのが好きで」


 俺のことじゃない、俺のことじゃない……そう何度も自分に言い聞かせた。


 レイナさんは、髪を撫でながらそのまま言葉を続ける。


「だから、せめて香りだけでも合わせられないかなって。シャンプーとか、化粧水とか、レモンの香りにしているんです。でも、それでもなかなか振り向いてくれなくて」


 俺はレイナさんの言葉に思わずはっとした。


 そんなこと気にしたこともなかった。


 昔から俺は、柑橘系の味や香りが好きだった。甘いものは嫌いではないが、甘ったるいものは避けていたと思う。

 一方でレイナは、甘いものがすきで、酸っぱいものが苦手だった。


 香奈は表向きにはあんな感じだけど、本当は俺を振り向かせようと……


 ライプリのイベントの、選択画面が頭によぎる。

 選択次第で、アイドルの反応が変わる場面だ。中には、信頼度や好感度に影響する大事な場面でもある。

 ゲームなら、別になんどでもやり直せばいい。


 だが、今のこの場面は、もう二度とやってこない。


 俺は深く息を吸った。


「レイナさん……さっきの言葉撤回します。レイナさんみたいな綺麗でとても思いやりのある人をこんなに悲しませるなんて最悪な男ですよ、そいつ」


 そのまま、レイナさんの顔をじっと見る。


「だから……よかったら、俺とまた一緒にどっか行きませんか? コスプレしてもいいし、コスプレしなくてもいい。俺……また、一緒に遊びたいんです」

「良太……さん」


 レイナさんの目からは涙があふれていた。


 少しすると、レイナさんは涙を拭って俺に笑顔を見せてくれた。


「はいっ! ぜひ!」


~~~~~


 結局あの後、俺はあの場で綿あめを口にした。


 綿あめは、予想以上に甘ったるかった。だけど、なんとか慣れようと完食した。今度、レイナさんと山のようにホイップが乗ったパンケーキを食べに行くんだからと。


 香奈には、また今度別の甘い物を送るから許してくれとメッセージを送った。

 そのメッセージへの香奈の返信は、「パンケーキだけじゃなくてタピオカも追加ね」だった。


 そして翌日。

 俺はいつものように、自分の席でライプリをやっている。


「今日もその子?」


 そんな声が耳元に響く。振り返ると、そこには俺のスマホを覗き込むレイナの顔があった。


「まあな。レイナは恋のキューピッドみたいなもんだし」

「ぷっ、なにそれ」


 香奈が笑うと髪が揺れる。

 柑橘系の香りがふわりと広がった。


 分かっているくせに……


 香奈はいつものように席に座ると、お決まりの挨拶をした。


「おはよ、良太」

「……おはよう、香奈」


 挨拶を返すのも、顔を見るのも恥ずかしかった。

 だけど、香奈に顔を向けて何とか返事をしてみせた。


 一方の香奈は、天使のような笑顔を俺に向けている。


 その顔があまりに尊くて、だんだんと恥ずかしくなってきた俺は机に置いておいたイチゴミルクを飲んだ。


 飲みなれないイチゴミルクは、とても甘ったるい味がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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