第8話 アルジュナの誤算
結論から言えば、完敗だった。ハンデとか、そんなものどんだけ付けても関係ない。なんなら手足縛ったって負けただろうな。弓ですら、足元にも及ばない。正直、心底リスペクトしてしまった。
「負けはしたけれど、よくついてきた」
アルジュナが道着を脱ぎながらそう言った。勝負は負けたけど、稽古をつけてくれるみたいだ。ちょっとは見込みありと思ってくれたのかな? だけど、師として言い渡された修練のメニューは、物心ついてすぐ武道を習ったオレでも血反吐吐きそうな内容だった。
そしてあいつがどうしてオレを付けてきて、こんなことを言い出したのかはわかった。アルジュナは道場が落ち着くらしく、着替えが済んでも痣だらけのオレの横で話し始めた。
「私はクリシュナが賊に襲われたと聞いて、すぐに城に駆け付けた。だが、その時あいつの姿はどこにもなかったのだ。敵に捕らわれたわけでもない。私は仕方なく、神仙のところに行き、事態がどうなっているのか尋ねた」
神仙というのは、彼らの時代で神様に次ぐ存在のようだ。色んな事を見通し、何でも知ってる。占い師や預言者みたいなもんか? いずれにしても胡散臭いヤツってことだな。
「神仙はこう仰られた。クリシュナは時空を超えてしまった。そこには何かの目印がなければ行くこと叶わぬ場所。窮地に陥ったクリシュナは、その目印に向かって行ってしまったのだろうと」
アルジュナは彼を追うべく、クリシュナを目印にして時空を超えた。だが、容易には見つからなかった。そればかりか……。
「あいつの命を狙っていたカンサ王の手の者が紛れ込んでいた。クリシュナがこの世界に飛んだとき、巻き込まれたのだろう。奴らはまだここがどこかもわからず、クリシュナを探しているはずだ」
オレは青くなった。そんな現代人とはかけ離れた危険な奴らがここに、しかもクリシュナを狙っている? それは即ち瞬弥のことだ! オレは初めてクリシュナが瞬弥の体に入ってきた時のことを思い出した。あの不穏な気配。奴らがカンサ王とかいうのの仲間?
「神仙はこうも言っていた。クリシュナが目印にしたのは、自らの生まれ変わりだろうと」
「え?」
あの時の嫌な感じを思い出していたオレは、アルジュナの言葉に顔を上げた。
「生まれ変わり?」
それは実のところ、オレもずっと考えていたことだ。ほら、漫画やアニメでよくあるじゃん。誰か歴史上人物の生まれ変わりとか、そういうの。クリシュナによると、瞬弥と奴は見た目もよく似ているという。でも、それは安易すぎると思って、オレは敢えて言葉にしないようにしていたんだ。
「時空を超えることは、簡単にはできない。窮地に陥ったのと、生まれ変わりの存在がクリシュナを時渡りさせたのだと神仙は言った」
それじゃあ、双子(弟たち)が驚いたオレとアルジュナはどうだ? アルジュナはオールバックの茶髪を金色のカチューシャで止めている。肌の色も濃いので、パッと見はオレとアルジュナが似てるとは思わないんじゃないかな。
オレは黒髪の短髪でストレートのアップバンク。それだけでも印象は違う。双子の場合は家族だからこそだとは思うが。と、色々予防線を張ってみたけど……。やはり似ている。自分で言うのもなんだが、凛々しい顔立ちと自己主張甚だしい眉毛なんてそのまんまだ。
「樹、もう分かっていると思うが、貴様は私の生まれ変わりだ」
アルジュナは凛々しい碧眼の双眸を改めてオレに向けた。あっさりと続けられた言葉。オレは音を鳴らして息を呑む。なんだか体中が熱を帯びたように熱く火照ってくる。
「私は貴様に会ってすぐ、己の生まれ変わりだと分かった。今、組んでみて、信頼できるヤツだとういうこともな。だから、今すぐクリシュナの所へ連れて行ってくれ。あいつを一人にはしておけん。敵の刺客が迫っているというのに!」
「刺客!? 本当に? アルジュナ、クリシュナは確かにこの世界に来た。だけど、体はないんだ。今、奴はオレの親友の肉体の中にいる!」
オレはつい興奮してしまって、アルジュナの襟首を掴んだ。ヤツの見開かれた瞳に叫んでいるオレが映っている。
「体がないだと!? ……そんな馬鹿なことが?」
戸惑うアルジュナにオレは瞬弥に起こったことをかいつまんで話した。アルジュナは青い顔をしてそれを黙って聞いている。
「どうしたらいいんだ。連れ帰れると思っていたのに。これでは……」
「え? 何を言ってる?」
アルジュナはがっくりと肩を落としている。オレは焦るばかりでアルジュナの肩を揺り動かす。
「なんとか言えよ! 気になるじゃないか?」
オレはあいつの顔を覗き込む。すると少し顔を上げるとこう言った。
「これでは……。元の世界に戻れない」
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