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最終回 エピローグその2 瞬弥

 俺はこのひと月ばかり、思わぬ形で樹と濃厚な日々を送ることになった。あいつを現代に追っ払った時ですら、俺はずっとあいつのことで思い悩み、まるで恋する乙女のようだった。


 偶然か神様のいたずらか、突然同居することになったクリシュナとは、どういうわけかすぐ馴染めた。生まれ変わりというんだから、それは当然なのかもしれないが。怖かったのは、馴染み過ぎて同化してしまうことくらいだった。まあ、お互い自意識だけは過剰で譲らなかったから大丈夫だったけど。



 

「じゃあ、貴様は私に殺されたことにしろというのか? それは心外だな。そんなことは考えてもいないのに」


 アルジュナから樹が『時渡りの粉』を持ち去ったと聞いた時、俺は二人に願い出た。もし、樹が俺に『現代に帰ろう』と誘ったら、俺の意識は消されたことにしてくれと。クリシュナは難色を示したし、アルジュナも反対した。


「それでは樹は納得しないだろう」


 そんなことはわかってる。あいつのことだ。大暴れすると思う。でも、そうでもしなければあいつは現代に帰らない。どうなるかわからない体探しに、いつまでも付き合わせてしまう。俺達の時間だって同じように過ぎていくんだ。ありきたりだけど、家族や学校での生活、あいつの弓道に対する情熱も奪ってしまうことになる。


 それに、俺のことは最低限クリシュナが守ってくれるけど、生身の人間の樹はそうもいかない。アルジュナが奴を全力で守ってくれてるのはわかってたけど、樹が危ない目に合う度、俺は寿命が縮まった。アルジュナは樹の弱い心といったけど、本当に弱かったのは俺の方なんだ。


 それなのに、あいつが居なくなってからの俺はてんで情けなくて。クヨクヨといつまでも後悔していた。武芸大会に向けて、体を作ってたのに、気持ちがついていけなかった。

 どうしてこんなに樹のことが気になるのか。俺はついついヤツの顔をじっと見てしまう。ああ、白い毛とか、そんなの嘘に決まってる。誰がそんなもん探してるか。あいつすぐ信じたみたいだけど……。


 俺が一人で鬱々としてるのを、クリシュナが気付かないわけがない。それまでもずっと俺の中にいて、樹に対する俺の気持ちをからかってた。まるで恋人だなあって。

 でもな、これだけはハッキリさせとくけど、決して『好き』とかそんなんじゃないんだ。そんな目で見た事は一度もない。マトゥラー国の宮殿で〇モのおっさんに言い寄られたと聞いたときは、頭が怒りで沸騰しそうだったけど、それもそういう、嫉妬とかじゃない。




 ――――貴様が樹に寄せる思い、私には心当たりがある。


 樹を現代に追いやって何日か経ったある夜、クリシュナがそう声をかけてきた。


 ――――どういうことだ?

 ――――私とアルジュナの関係。つまりは貴様と樹の関係でもあるのだが。私がアルジュナと出会ってすぐに、何故意気投合したのか。それはな、お互いが半身を委ねた相手だったからだよ。我らはお互いを見て、それがすぐにわかった。


 ――――半身? なんだそれは?


 それは、不思議な話だった。アルジュナとクリシュナの前世。つまり樹と俺の前々世になるんだけど、それはナラとナーラヤナという双子だったという。

 一卵性双生児で、生まれる前から生まれた後も、ずっといつも一緒にいた。そして二人は、その後何度生まれ変わっても深い絆を持つ間柄になると告げられる。実際、次に生まれ変わったときは、クリシュナとアルジュナとして絆を繋いだ。


 ――――双子だけれど、ナラ(アルジュナ)は人間で、ナーラヤナ(クリシュナ)は神だった。だから私は、いつもどこか心もとない弟のことを、心配して見つめていた。ナーラヤナはそれを感じて、日々努力し、人でありながら神に並ぶほどの能力を得た。アルジュナも同じようにそうして力を付けてきた。私が彼のことを心配する必要もないくらいにな。


 クリシュナはそう言って、横笛を演奏してくれた。俺の手と俺の唇で。その音色は月の光が注ぐように美しく、旋律は叡知と情愛を淡いシャボン玉が漂うように儚かった。触れると弾けて、甘美な蜜は、また身に降りそそぐ。俺の感情は波打って揺蕩い、涙として流れ落ちた。


 俺には見えた。小さな袋の中で、それは一つの球体だった。その球体がゆっくりと二つに分かち、それぞれに命の音を弾き、目を持ち、耳を持ち、手足を伸ばした。ずっとお互いを見つめていた。ずっと聞いていた。それは新しい世界の空気を吸っても、ずっと続いている。




 樹から大宴会での動画が送られてきた。全く酔っぱらって俺は何をしてるのか。こんなものを誰にも見せられないし、シェアしてきた樹の気もしれん。まあ、そういう変に鈍感なところはありがたいけどな。俺の嘘もすっかり信じてるし。


 実は動画なら、俺もクリシュナからもらっている。俺に当てたメッセージだ。


 ――――どの時代でも、私達は対なる者を見守り、導く存在でなくてはならない。それに恥じぬよう生きろ。


 クリシュナはそう言っていた。俺にはちょっと難しいし、正直そんな必要はないかな、って思っている。


 樹は最初から、俺に見守られるような奴じゃなかった。俺はただ、見ているだけだったよ。あいつの底抜けの笑顔と前へと進む意志を。


 人は神に導かれるんじゃない。神のほうこそ、人によってその(なり)を与えられるんだ。




 完結

無事完結を迎えました。

「カルテット・シンドローム」ずっと応援して下さりありがとうございました。


何か少しでも、皆様に残るものがあれば幸いです。

でも、明日忘れていただいても大丈夫です。


またどこかでお会いできたらと思います。

ありがとうございました。

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