第77話 カルテット・シンドローム
何から言ったらいいんだろう。オレ達の準備が整って、もうあとは『時渡りの粉』を炙るだけだ。さっきまでふざけ合ってたけど、突然四人とも黙りこくってしまった。まるで東京駅の最終便のホームだな。いや、単なる想像だけど。
オレ達は、ドヴァラカ国を見下ろす丘にいた。初めてこの時代に降り立った場所だ。
眼下に広がるドヴァラカの豊かな大地。揺蕩う大河と深い緑、人々が一生懸命に暮らしを紡ぐ音が聞こえてくる。この場所にもう一度来たいと、瞬弥がリクエストした。その気持ち、なんだかわかる気がしたよ。
「見送りありがとう。そろそろ行くよ」
ようやく口を開いたのは瞬弥だ。オレはいつまでも意気地がないな。またあいつに損な役回りをさせてしまった。
「瞬弥、貴様の心を尽くしてくれた行動の全てを私は感謝する。樹とともに貴様らのことは決して忘れない」
クリシュナは、そう言って膝を折ろうとした。瞬弥は慌ててそれを制す。
「クリシュナ。俺は自分がしたくてそうしただけだ。それに、俺はクリシュナに感謝しているよ。俺にこんな貴重な体験をさせてくれたことに」
「それはオレもだ。クリシュナにもアルジュナにも、戦うことだけじゃない、たくさんの大事なことを教えてもらった。ありがとう」
すかさずオレも自分の気持ちを正直に言った。ここで言わないと、もう二度と言えない気がする。『時渡りの粉』はまだあるし、弟達も持っている。だけど、なぜかもう、使うことがないんじゃないかと思えたんだ。
「貴様たちは自分の力で成長したのだ。私達は、ただ信じていただけだ……。樹」
「はいっ」
アルジュナがオレに碧眼の双眸を向けた。オレは自然と背筋が伸びる。
「信じてはいたが、ここまでやれるとは思わなかった。友を助けるためとはいえ、よく頑張ったな。途中でちょっと、ひよったけどな」
そう言って、笑みを浮かべながら片目を瞑る。オレは上がったり下がったりで忙しかったが、それでもようやく認められたと感じて心が熱くなった。
「ようやく四人になれたのに、もう解散は寂しいな」
いよいよその時がきた。オレは万感の思いを込めて口にする。瞬弥が少し右下に視線を移す。クリシュナが柔らかい笑顔でそれを追った。けど、アルジュナだけはオレから目を逸らさず口角を上げる。
「何を言っているのだ、樹は。私たちはずっと、最初から四人だ。これからも」
オレはアルジュナに抱きついた。
もちろんすぐ突き飛ばされたが。
ありがとう。この地を流れる大河は、オレ達の時代でも変わらず流れ続けている。命の流れもきっと止まらずにオレ達の時間を作っていくのだろう。
名も知らぬ人も名を残す人も、一つも変わらずに時代を作っていくのだ。脈々と波打つ血脈のように未来へと。