第73話 見つめる理由
鳥が鳴いている。オレたちの頭上を大きな鳥がスタッカートを刻むような声を出して飛んでいった。
「見ろ、虹だ」
一連のハーレクイン風ドラマが終わり、瞬弥が東を指さす。東の空の霞む空気に太陽光が当たり、二重の大きな虹がかかっているのが見えた。
オレ達の勝利を祝うように輝く虹。オレは瞬弥の肩に右手を置く。ヤツは晴れ晴れとした笑顔でオレを見た。そしていつものようにその時間が長い。
「あのさ、何度も聞くけど、なんかオレの顔についてる?」
いい気分だったのでどうでも良かったが、これもルーティンだ。
「あ、ええっとさ、実はいつもおまえの眉間に生えてる白い毛を探してた」
瞬弥は初めてオレの質問に答えを出した。しかも全く予想だにしなかった答えを。
「は? マジで!?」
取ってつけた様な理由だが、オレは慌てて額のあたりをさぐる。何もないように感じるが、自分では見えないのだからどうしようもない。
「なんで教えないんだよ! かっこ悪いだろうが!」
「いやあ、これを見つけるといつも良い事が起こるから、おまじないだったんだよ」
シュッとした自分の鼻の頭を掻きながらそう続ける。とても信じられないが、それでもこれが本当だとしたら、色々様々なオレの憶測はどうしてくれるんだ。そりゃ、少しは、オレも……。オレは自分の感情の置き場を失って思い切り動揺していた。虹見てる余裕もない。
「ようやく終わったようでございますな」
「え? 誰?」
一人であたふたしているのを全く無視して、誰かが口をはさんで来た。オレ達は声のした方を見下ろした。その声はオレの腹ぐらいの高さでしていた。
「ナーラダ神仙だ。態度を改めよ」
これはアルジュナの声。いつのまにここに戻って来たのか、白っぽいマントみたいなのを羽織った爺さんと一緒に歩いてきた。
「ナーラダ神仙?」
オレと瞬弥は同時に呟く。二人とも大きな声ではなく小声だったのは、少なからず意図があった。ナーラダ神仙は長い白髭を右手で梳きながら、細い目をさらに細くして嬉しそうに笑みを浮かべている。マントから出ている右手には錫杖と呼ぶのだろうか、棒状の杖の先に飾りがついたものを持っている。
――――ナーラダ神仙って、思いっきり胡散臭い奴じゃん。
「ナーラダ神仙。この度はお力添え、感謝いたします」
オレ達が何か言う前に、クリシュナがレジナ妃を伴って歩み寄った。そして爺さんの前に二人して傅き、首を垂れている。オレと瞬弥は思わず顔を見合わせる。結局どっちの味方がわからなくても、アルジュナもクリシュナも全面的に信用してるってことか。世話ないな。
「おまえ達も頭を下げないか!」
同じように傅いているアルジュナに怒られる。ええ? マジで。オレ達は納得いかない顔をしながら膝を付こうとすると、思いがけず枯れた声に押しとどめられた。
「それは必要ないと思われます。このもの達に傅かれる理由はござりませんからな」
馬鹿丁寧な、こういうのを慇懃無礼と言うのかな、爺さんはもっともらしいことを言う。
「しかし、神仙……」
「まあよいではございませんか。未来から来た若者に、こちらのしきたりを強要するなぞ愚かしい限り。それに、彼らはおまえ達のために命懸けで尽くしてくれたのではありませんか? 膝を折るのはこちらの方ではないかと我は思いますがね?」
あれ、いいこと言うじゃん、神仙の爺さん。アルジュナも不服そうな顔をしてたけど、その言に反論はなさそうだ。そりゃそうだよね。オレはともかく、瞬弥は本当に命も体も張って頑張ったんだ。一度も逃げ出すことなく。
「時にお二人、我と話をしませんか? 我も未来のことに興味がございます。ぜひお聞かせ願いたい」
え? 未来のこと? オレ達の時代のことだよな。オレは思わずアルジュナの顔を見た。ヤツは苦虫を嚙み潰したような複雑な表情をしたが、オレにわかるように頷いて見せた。
オレ達はもう、ここには用がない。さっさと自分達の時代に帰りたいのも本音だ。ただ、そんなに急がなくてもという気持ちがないわけではない。アルジュナとももう少し話したいし。
「瞬弥、どうする?」
「俺? いや、別に構わないよ。神仙、俺達も聞きたいことあるんだけど、それはいい?」
瞬弥はオレの顔から神仙へと視線を移す。オレの肩くらいの身長の神仙は、髭を指でしごきながら、にこやかに応じた。
「話せることでございましたら、何なりとお話しましょう」