第68話 延長戦
「戦っているときはクリシュナがずっと正面にいたんだけど、バトルロイヤルになってからは、どっちが前にいるのかわからないくらいになってたよ。かなり苦しくなった時に、クリシュナが『私の体が! 樹の奴、やってくれた! 瞬弥、すぐ戻るから堪えていてくれ!』って言ったんだよ。俺はもう嬉しくて、首絞められてんのに笑顔になっちゃったよ」
目の前で繰り広げられる真・クリシュナ、バララーマVSカンサ王軍団の戦いをさかなにオレ達は話をした。もう勝負は決したと言ってもいいくらい。二人は上背二メートルはあるだろう巨体の主をそれは楽しそうに千切っては投げているのだ。
「あ、動くな」
「イテ! 沁みる!」
オレは瞬弥の傷に薬を塗ってやっていた。ばい菌入るとまずいじゃんね? めっちゃ殺伐とした戦いの横で、オレ達はほのぼのと話す。別にクリシュナがいても気が許せないようなことはなかったけど、やっぱり不安な気持ちがいつも付き纏っていた。
それが今、全て取り払われた。もし酒が飲めるなら、二人で祝杯を上げたい気分だ。頬が百年分くらい緩んで、オレも瞬弥も笑顔がはち切れまくってる。今ならスプーンが曲がっても大笑いできる自信ある。
クリシュナにしてもようやく自分の体を取り戻し、使命を果たすことができるのだから心置きなく戦っているだろう。瞬弥もヤツに万全の信頼を持っているから、不安な表情は一切なく満足そうだ。こいつはずっとクリシュナが負っている責務のことを、自分のことように気に掛けていたからな。オレもさ、頑張ったと思うよ。
「いよいよだな……」
オレ達がわちゃわちゃしている背後でアルジュナが呟いた。弟達は、物珍しそうにクリシュナ達と巨人の戦いを見ている。
「どうした? アルジュナ?」
「勝敗が喫しそうだ。さあ、カンサ王はどう出るかな。貴様たち、和みの時間は終わったぞ。ここも直修羅場になる。もし、巻き込まれたくないなら、弟達を連れて帰るがいい」
オレは弾かれたように瞬弥を見た。ヤツも多分同じ気持ちで同じような顔をしていることだろう。ニヤリと口角の片方を上げる。何がどうなるかはわからない。でも、少しくらいは役に立つだろう。
オレ達は無言のまま立ち上がると、試合前の選手よろしく手首や足首を回してストレッチを始めた。渡された胴体を守る革の鎧を身に付けると、気持ちが高揚してくるのがわかる。見ると、アルジュナは付いてきた親衛隊になにやら話している。彼らも一斉に戦いの準備を始めた。
「兄さん、僕たちもいていいよね?」
翔と航がオレ達のところに走り寄る。既に女官服は脱ぎ、この時代に渡って来たときに着ていたクルタという民族服に着替えていた。オレの横ではくふふっと瞬弥が笑っている。
「どうする? お兄ちゃん」
「ま、仕方ないな。でも、手を出すな、危なくない所で見物してろ」
『えー? つまんない』なんて、不貞腐れた声を出しながら、ベンチに大人しく座った。
ちょうどその頃、オレは知らなかったけど、ドヴァラカ国の軍隊がマトゥラー国に侵攻していた。救世主を待っていた城下町の人々は何の抵抗もなく彼らを迎え入れたと言う。
試合場で、最後に残ったのはバララーマとクリシュナの二人だけ。逞しい裸体を晒し(いつの間にか、上半身を纏っていた防具は外されていた。多分、見せたいだけだと思う)、涼し気な顔で腕組なんかしている。その足元には巨体を土に埋めるマトゥラー国の戦士達の哀れな姿が散らかっていた。
こんな場面だと、クリシュナのお兄さんもなかなかにカッコよく見えるから不思議だ。やっぱり兄弟かな、なんて失礼な感想も浮かんだ。固唾を呑んで見守っていた円形競技場の万を超す観客は、今は静まり返って茫然と座している。
「審判よ。勝鬨を上げてくれるか?」
クリシュナの声が聞こえる。その金色の双眸は、真っすぐに、主賓席に座るカンサ王に向けられた。
「それとも、王の首を取らねば、勝敗はつかないかな」
王の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。ワナワナと唇から全身まで震えさせながら、飾られた玉座から立ち上がった。横には、すました顔のナーラダ神仙が微動だにせず座っている。
「貴様たちに勝鬨など上げさせられるか!」
王が右手を上げる。その手には今まさに腰より抜いた大剣があり、天を突き刺し新たな戦いの開始を告げた。
「マトゥラーの戦士よ! 我を守る者よ! 集え! 兄弟を殺せー!」
円形競技場は恐怖に苛まれた悲鳴が轟く。どこから湧いて出たのか、アスラ族の戦士が観客席を蹴り、次から次へと試合場へと降ってくる。
「あ! あいつら!?」
見上げると、レジナ妃のところにいた兵士達もいた。もちろん一際目立つ兄ちゃんも。
「こりゃ、ちょっと面倒かな」
オレがふと呟くと、アルジュナが鼻で笑う。
「国を賭けた聖なる試合は終わった。ここからはルール無用の延長戦、ようやく私の出番がきた。レジナ妃の兄はオジナという。確かにアスラ族では名のある戦士だな。ま、相手に不足はないということか」
今まで相当辛抱していたのだろうか、まるで水を得た魚のように、戦場へと駆け出していく。オレと瞬弥は顔を見合わせ、苦笑いのままその後を追った。
俄かに雲が空を走る。肌を焼きつけるほどの陽の光が瞬く間に影を作りだす。冷たい雨が頬を打つ。競技場に嵐が襲った。




