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第67話 最高のハイタッチ

 正確に言うと、オレが着地したのは試合場すぐ横、アルジュナ達がいる所謂ベンチだ。オレは弟達の機転で、あの修羅場からここに連れ帰ってもらったわけだ。


「兄さんの声は聞こえるのに、僕たちの問いかけに全く反応しないから。迎えにいったんだよ」


 なんと出来た弟達だろう。九死に一生を得たとはこのことだ。だがすまん! 今はそれどころじゃないはずだ。


「瞬弥は? クリシュナは戻ったのか!?」


 オレは試合場を見上げる。だが、そこにはまだ瞬弥がバララーマとともに戦っている。しかも相手はどう見ても人間じゃない。締め上げられ、苦痛に顔を歪ませてるじゃないか!?


「瞬弥! おい、アルジュナ、一体どうなってるんだ!」


 オレは呑気に話しかけてきたアルジュナに首を締めんばかりに詰め寄った。


「心配するな、もう準備はできた」

「樹。よくやった。礼を言うぞ」


 オレは声のする方を振り返った。数人の親衛隊兵士の向こうからゆっくりと歩いてくる影。


「あ……!」


 そこには黄金の双眸をしっかりと見開いたクリシュナがいた。浅黒い肌にその瞳は宝玉のように輝き、人の心を惹きつけて埋没させてしまう。長い髪は束ねられ、戦闘服、と言っても前掛け式の革鎧に肩当てや脛当てのみの簡単な、を身に纏っていた。


「良かった……。で、でもここで余裕かましている暇はないだろう! はや……」


 見惚れてる場合じゃない。オレが突っかかるのをクリシュナは笑みで制し、どこから持ってきたのか、横笛を取り出した。


 ――――ここで笛吹くの?


 あっけに取られるオレを後目に、クリシュナは横笛を唇に持って行くと静かに奏で始めた。あれほど騒然としていたこの場に、その音色は空気という目に見えない媒介に乗ってあっという間に円形競技場を席捲していく。

 耳ではなく、まるで脳や体に直接その音は響き、たとえ耳の聞こえない人であってもその音色は届くのではないかと思うほどだ。体がアンプの役割をするように体中で笛の音が響き渡る。


 観覧席にいた全ての人々は一瞬『今』を忘れたように静まり返り、王の席も動きを止めて聞き入っている。後ろにいた女官達は立ち上がり、一斉にクリシュナをそれは少し怖さを感じるほどに見つめた。


 そして驚くべきことに、試合場で繰り広げられた死をかけた戦いも、時が止まったかのように静止した。巨体の主に捩じ上げられた瞬弥の体がゆっくりと地面に降ろされた。瞬弥は座り込み、コホコホと苦しそうに咳をするが、やがて息を整えた。


 クリシュナは笛を吹きながら、試合場へと向かう。人々はその神の降臨のような美しさ、神々しさに目を奪われ、クリシュナの一挙手一投足に己の双眸を注いだ。

 笛の音が止む。よく通る低音の声が耳朶を震わせた。


「瞬弥、ご苦労だったな。よくぞここまで戦ってくれた」

「クリシュナ。やっとおまえに会えたな。では、お手並み拝見といくか。苦しくなったらいつでも呼べ」

「ふふん。懲りないヤツだな。行け、おまえの友が待っている」

「言われなくても」


 瞬弥は唇についた血を拭うと立ち上がる。ゆっくりとすれ違う二人。双方が片手を上げる。瞬間、晴れやかに弾けた音が抜けるような青空をこだました。最高にカッコいいハイタッチがオレ等を魅了する。

 その音は、静まり返った試合場に響き渡り、同時に試合再開の合図となった。




「樹!」「瞬弥!」


 ヤツが足を引き摺りながらオレの元に走ってくる。オレはそれを迎えに走る。あいつはそこら中に傷を作って、至るところに血が滲んでいる。肩当ても既に破れ落ち、脛も片方取れていた。この戦いの激戦ぶりを示すその有様に、オレは目頭が熱くなる。というか、もう涙が溢れて瞬弥の顔が歪むほどだ。


「ありがとう」「間に合って良かった」


 オレ達はどちらからということもなく、体ごとぶつけるように抱き合った。オレの肩や背中、そして腕に瞬弥が震えているのが伝わってくる。我慢するこたないよ。


「信じてたぞ……」

「当たり前だ」


 お互い涙声でそれだけ言うと、後は何も言わず、ただ泣き顔を見られたくなくてそのまま抱き合っていた。

 やった……。ついに取り戻したんだ。瞬弥が瞬弥であることに。オレ達は正真正銘の四人組(カルテット)になれた!

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