第66話 脱出!
時刻はまだ昼下がりの頃。燦燦と煌めく太陽の下、紅い屋根は広大な花畑のように光を反射させ揺蕩っている。その上に、全く同調しない厳つい戦士たちが、一様にオレを睨んでいた。
その中でも、大将と呼ぶにふさわしい体躯に威厳と武具を纏ったアスラが険しい顔つきで立っている。身長は二メートルくらいか、高身長の横綱、千代の富士を思い出させるような肩の盛り上がりだ。その右手には槍? 矛? 刃渡りも柄も長い武器を持っていた。多分、矛に分類される武器だろう。鎧は前掛け式と肩当て脛当てを付け、正規の戦士のようだ。今まで襲ってきたアスラ族の中にもあまり見なかった。
「妹? レジナ妃のことか? そう言えば、兄貴を呼んでたな」
オレはとにかく時間稼ぎを試みた。『時渡りの粉』がもうなくなったのだ。自力で逃げるしかない。その隙を探るために片目で辺りを見渡す。残念ながら隙らしいものは見当たらない。完全に囲まれている。
「そうだ。あいつは王に構ってもらえず寂しい思いをしていたのだ。あれほどに美しく気立てもいいのに、ワシは不憫で……。その憎き王の命令で向かった暗殺の場所で、アレは地面に落ちていた。それをワシは拾って妹に与えたのだ! あいつがどんなに喜んだか! それをてめえが!」
気立てがいいねえ。まあ、兄ちゃんから見ればそうなのかな。不憫なのはわかるけど……。勝手に拾ったものを持ってきちゃいかんだろ。
こいつはクリシュナがラーダさんとデート中に襲ってきた一団にいたのだろう。アスラ族でも上位の戦士に見えるけど、嫌々参加したみたいだな。てか、あれが誰かわかっていなかったのか? オレは半ば呆れながら、再び背中の弓を手繰る。
「部分的には同情するけど、あの体はおまえのもんじゃないよ。オレ達は返してもらっただけだ。まあ、傷つけずに持っててくれたのには感謝するけどな!」
オレは最後の言葉とともに矢を放つ。それは一直線に妃の兄ちゃんに向けて走る。だが、それはヤツの腕にある籠手で弾かれた。
「何!」
睨み合いの時は終わったとばかりに、屋根の上にいた連中が堰を切ったごとくオレに向かってくる。オレは次の矢を放つが、万事休すか。まあいい、やれるだけやってやる! オレの脳裏に高校生にボコられた小学生の自分が浮かんだ。
「うわ! こいつなんだ!」
オレが身構えたその時、何かがオレの横をよぎった。それは弾丸のような速さでアスラの顔へぶつかっていく。
「カワリ!?」
弾丸は鷹のカワリだった。ヤツは鋭い爪とくちばしで次から次へとアスラ族を突きまわった。
「兄さん! こっち!」
オレがカワリの姿を目にとらえると同時に、オレの腕をぐいと掴むものがいた。
「え?」
腕を掴む手の感触と声はオレがよく知っているものだ。そのまま警戒心もなく取り込まれた。さっと目の前に暗幕が落ちる。オレの腕を掴むその手は、武芸を嗜む者が持つ特有の堅さがあった。
そして次の瞬間、罵声と歓声が入り混じる大音量の最中に放り込まれた。暗転から突然の光。思わず目が眩んだオレに、人々の悪意ある必死の形相が怒声と共に被さってくる。
「樹! 大丈夫か!?」
その降り注ぐ矢のような視線を遮ってくれたのはアルジュナの精悍な顔だった。オレは試合会場に戻ることができた。




