第65話 空を翔けて航れ!
「きゃああ!」
クリシュナの体を傷つけることなく、その矢は妃の右肩を貫いた。持っていた短剣が滑り落ちる。よし! 痛みと怒りで、レジナ妃がクリシュナの体を離し、立ち上がった。
「今だ!」
オレは立て続けに矢を放ち、レジナ妃からクリシュナを遠ざける。だが、そこにアスラ族が雪崩れ込んで来た。
「翔、航! 急げ!」
刹那閃光と爆音! 翔が勘尺玉を部屋で爆発させ、部屋に煙が充満する。その煙をつんざいて敵兵が迫って来た。オレは弓を背中に担ぎ、剣に武器を変え応戦する。
「何をするのじゃ! やめぬか!」
煙の向こうでレジナ妃の声がする。オレはその声の方へ向かおうと敵を薙ぎ倒しながら急ぐ。
「兄さん!」
航がクリシュナを抱えている。そこにいつの間に手にしたのか剣を振りかざすレジナ妃がいた。
「逃げろ! 行け、双子!」
オレはレジナ妃の剣を受ける。思った以上に重い! やはり戦闘民族の姫、武器はお飾りなんかじゃない。
「早くっ!」
翔の声がした。ハーブの匂いが束の間オレの鼻腔が捉えると、二人の気配が完全に無くなった。
「よっしゃあ! 行ったぁー!」
オレは思い切りレジナ妃の剣を押し上げた。彼女はたまらず尻餅をついたようだ。
「ああ! わらわの、わらわの大切な……」
煙が床に落ち切ると、ようやく視界がそこにいるもの達を捉えた。オレの回りにはレジナ妃を始め、数人のアスラ族が得物を持って一触即発の態だ。ちぇっ。オレも勘尺玉もらっておくんだった。
だが、こうなったら長居は無用。とにかくこの部屋から脱出しなくちゃ。敵に囲まれて粉を炙る隙はさすがにない。
オレは、剣を下段にかまえ、盗塁の要領でゆっくりと体を横へとずらす。いつ、こいつらが飛び掛かってくるか。いや、もうすぐだよな。窓に穿った大きな穴は勢いよく陽の光を差し込ませている。そこまで五メートルくらいか。
「何をしておるか! さっさとそいつ殺してえ!」
肩から流れ出る血を抑えながら、レジナ妃が叫ぶ。それを合図にアスラ族が一斉にオレに襲い掛かった。けど、相手してやる義理はない。進行方向への敵だけに集中して後はスピードで駆け抜ける。剣を突き合わせず、前方を薙ぎながら窓へと突き進んだ。
「うおおおおー!」
窓から抜け出し、紅い屋根へ飛び降りる。そのオレの全身に遠くはるか競技場から地鳴りのような叫び声が降り注ぐ。空気も空も震わせるその歓声は何を表しているのか。
「瞬弥!」
オレは屋根を走りながら『時渡りの粉』を取り出す。手が震える。焦るな、オレ! 大丈夫だ。間に合ったはずだ。耳からは何も聞こえなくなっている。インカムの調子が悪いんだろうか。
オレは不安な気持ちを抑えながら器を開けたその途端、腕に振動が走ると同時に器が吹っ飛んだ。短剣とともに器が屋根を転がっていく。
「何!?」
オレの目の前で残り一回分だった粉が屋根の上にぶち撒かれてしまった。
――――くそっ!
「妹を泣かしたのはてめえか……」
オレは声のした方を振り返る。隣の屋敷の屋根には数人のアスラ族の戦士、中央に一際体が大きく立派な防具を付け、槍のような鋭い武器を持つ者がいた。