第64話 限界を越えろ!
それはオレがこの時代に戻って来てから二日後のことだった。瞬弥とともにアルジュナのしごきを受け、へとへとの体をひんやりする石の床に投げていた。磨かれたタイルのような床は、オレ達の火照った体を冷ましてくれる。
城の修練場は、雨季の今、兵士たちが引っ切り無しに出入りする場所だが、オレ達が使うこの時間は入室禁止にしてくれていた。
武芸大会まで五日を切った。どれだけやっても、これで大丈夫と思えない。そんなもどかしさをオレ達は感じていた。
「へえ、円佳のやつ、そんなこと言ってたのか」
凹んで愚痴を言うのは、お互い性に合わない。顔を見れば、まだまだ十分とは言えないくらいわかっている。でも、やれることをやる以外ない。武道に近道はないんだ。
だから、こんな時は、肩の凝らない話をするに限る。
「そうそう。びっくりしたよ、いきなりライバルのご指名受けて。でも、わからんでもないよ。おまえ、デートよりオレとの遊びを優先するだろう。そういうとこ、まだ子供だよな」
「おまえが言うか、それ? 寂しい樹君を一人にしてはいけないと思ってだな」
「いらんわ! そんな親切。見てろよ。そのうちめっちゃ可愛い子と付き合って、おまえの誘いを断ってやる!」
ふんっと瞬弥が鼻で笑う。ムカつく……。そりゃ、今のところ全く当てがないけど。
修練場の天井は三階分くらいの高さで吹き抜け、ドーム状になっている。そこに水色で描かれた幾何学模様をオレ達はぼんやりと見ている。模様は呪文のようにも見え、疲れを癒してくれる錯覚をおこす。
「冗談抜きで、ここから無事に帰ったらオレに構うことない、円佳さんと仲良くしろな。オレが言う事でもないけど、彼女はおまえに必要な人だと思う。大事にしてやらないと……」
「随分と知ったふうだな。ま、彼女、勘が鋭いのは認めるが。おまえとの時間を減らすつもりはない」
オレとの時間……て。なんだかなあ。全く恥ずかしいことを平気で言うんだよな、こいつ。
「青春だな」
床に吸い付くように寝そべるオレの隣で、ぼそっと言ったのはクリシュナだ。オレ達の会話を邪魔しないよう黙っていてくれたようだが(多分、クリシュナも鍛錬に疲れて引っ込んでたんだとは思うけど)、我慢できなくなったのか。
「おっさんは黙ってろよ!」「何が、おっさんだ! 私はまだ二十代だ!」「十分おっさんだよ」
と、また一人漫才みたいなことを始めた。
瞬弥とゆっくり話したのは、それが最後だった。試合のルールや出場選手の情報、後宮の噂話等々、オレ達は当日までやることが多すぎた。
オレ達はこのミッションをやり遂げることしか考えていなかった。やり遂げられると信じていた。
『呆けるな! 樹!』
耳の中でアルジュナの声が爆発した。瞬弥が危機だと知り、あからさまに動揺したオレは我に返った。
『いいか、良く聞け。瞬弥は自分の出来る以上のことをしている。クリシュナと共に異形の巨人たちと戦っているんだ。それが出来るのは、貴様を信じているからだぞ!』
「アルジュナ……」
『私も貴様を信じている。今出来ることを、自分がやれる以上のことをやれ! 自分で限界を決めるな! クリシュナの体をこの場に連れて来い!』
メリメリと不快な音をたて、窓にはめられた木枠が引き裂かれていく。すぐにもアスラ族が入ってきそうだ。レジナ妃は鈴を捨てると今度は短剣をクリシュナの首に突きつける。
「そこを動くでない。動いたら、こいつの首を刎ねる。持っていかれるくらいなら」
「やめろ!」
オレはレジナ妃の動きを見ながら、慎重に弓矢を取り出す。脅しとは思うが、ここで首を切られたら、まさに夢の再現だ。冗談じゃない。
「翔、航、オレがあの女とアスラ族をかく乱する。その隙にクリシュナをかっさらってアルジュナの所へ飛べ!」
「わかった!」「兄さんは?」
「オレのことは気にするな。すぐに後を追う。行くぞ!」
翔と航はオレの合図とともに左右に飛んだ。窓からアスラ族の姿が見える。
「レジナ妃! こっちを見ろ!」
オレは弓を構えると同時に矢を番い、一瞬で狙いを定めて矢を放った。




