第61話 大工が見たもの
美青年の大工が言うには、最初は屋敷に元々あった(と言っても、いつからあったのかは不明)地下室に新しい階段と扉を作って欲しいとの依頼だったそうだ。朽ちかけた石段の下にあった地下室。それを有効に使いたいと。
彼は真面目に、しかし好奇な目に晒されるのを感じながら、出来る限り早く終えようと頑張ったそうだ。階段を整え、地面に蓋をするように扉を造った。すると、今度は中に牢を造れという。
「牢と言っても、常時は食糧庫にするだけだよ。盗み食いする子もいるからねえ」
とは、この屋敷の女官長の言葉。うすら寒い笑みを浮かべて言われ、さすがにもう恐ろしくなったのだが、報酬としてかなりの額を提示された。子供も生まれたばかりだった大工は、断ることが出来ず、地下室の一角に牢を造った。
さあ、これで終わりと思ったところで、サティヤ妃の私兵や女官に襲われ、自分がそこの住人になってしまった。それからは夜な夜な……。この後は自主規制しておく。
「あんたの話をじっくり聞いてやりたいけど、その余裕はないんだ。オレ達がここに押し入ったのもそのうちバレる。それよりもこの後宮に、他に男が誘拐されてるとか、妖しい話は聞いていないか?」
「それなら、聞いたというか、見ました」
「え!? 何を見たんだよ!」
それは大工が地下室の牢屋に入れられた最初の夜だった。彼は大工だけに、牢屋にちゃんと細工をして、逃げられるようにしていたのだ。その日のお勤めを済ました彼は、意を決して脱出を試みる。器用な上に身軽な彼は、屋根に上った。屋根を伝って逃げれば護衛兵にも見つからないと考えたのだ。
けれど、その日は生憎満月の夜だった。彼は様子を見に来た私兵に逃げたことを気付かれ敢え無く捕まってしまう。その後は二度と出られないよう彼が作った細工は壊され、見張りも付けられた。
だが、大工は捕まる前に奇怪なものを見た。布にくるまれた大きな荷物。丁度人間の大きさくらいのものを運ぶ、アスラ族の姿を。
月の光を避けるように顔を伏せ、奴らは西と東を分けへだつ運河を小舟で渡る。音もさせずに荷を下ろすと、二人がかりで抱え、先頭の大きな体をしたアスラに従い、そのまま西の回廊へと向かった。
空には満月。数人のアスラ族は月に影を作り、屋根の上を跳ぶように走り消えていった。
アスラ族……。その荷は、おそらくクリシュナだろう。彼らはあの日、クリシュナをドヴァラカ国の城で襲ったあの日、既にクリシュナの体を得ていたのだ。それを何故、カンサ王ではなく後宮に運んだのか。自らの種族である姫君、レジナ妃のところに。
理由はわからない。いや、今はそんなこたどうでもいい。クリシュナの体は、間違いなくレジナ妃のところにある。
「アルジュナ、今からオレ達はレジナ妃の所に向かう。クリシュナの体はそこにありそうだ。そっちはどうだ?」
レジナ妃の屋敷は、弟達が既に聞いていたのでわかっている。それにそこに入室するのは容易いはずだ。双子はレジナ妃に仕えることになっているから。けれど、そこには今までよりも戦闘能力の高い私兵がいるのは火を見るよりも明らかだった。
『わかった。私も向かいたいところなのだが……』
アルジュナの歯切れが悪い。まさか!? オレの脳裏に最悪のシーンが浮かんでくる。それをオレは無理やり振り切り、腹を抉るような声で
問う。
「おい、アルジュナ、まさか瞬弥達、マズいのか!?」
『今、カンサ王側の戦士は十人を切った。王も王族たちも、観客たちもフラストレーション最高値だ。いつバトルロイヤルが始まってもおかしくない。急げ! 樹! もう猶予はないぞ!』