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第57話 完全アウェイ

 完全アウェイな観客席で、オレが人知れず拳を握りしめていた時、クリシュナとアルジュナは殺気に満ちた観客の視線と歓声を他人事のように流していた。それよりも彼らを驚かす事実があったからだ。


『ナーラダ神仙だな……』

『間違いない』


 耳をつんざくような歓声に、その声は聞き取るのが精一杯。オレはでも、突然聞こえてきた声に注意深く拾った。


「どうした? アルジュナ?」


 オレの回りは、興奮でヒートアップした輩が足踏みして大騒ぎをしている。やや大きめの声で尋ねた。


『貴様のところから見えるかな。カンサ王の第一正妃の横にいる、白い髭の年配の男』


 アルジュナの抑えた低い声に促されるよう、オレは主賓席の面々を見る。第一正妃は多分こちら側。で、その横……。宝石じゃらじゃら音をさせる王族の中で、たしかに白装束、白い帽子、腰に茶系の帯、といった簡素ななりの年かさの男がいる。


「ああ、見える。ナーラダ神仙って、まさか……」


 確か、クリシュナにカンサ王を討つ使命があると告げた神仙。神仙のなかでも上位者だと言っていた。同時に、蛇王カリヤの話によると、カンサ王にクリシュナの事をチクったのもナーラダ神仙とのことだった。


「じゃあ、最初から仕組まれてたのか? アルジュナ!」


 俄かにはこれがどういうことかオレにはわからなかった。要するにナーラダ仙は敵なのか味方なのか!?


『落ち着け、樹。ナーラダ神仙は神から告げられたことを我らに伝えるだけだ。この場で我らがやることは何一つ変わらない』

「でも!?」


『樹、心配するな。もう試合が始まるから、俺はインカム外さないといけない。今後の連絡はアルジュナと取ってくれ。気をつけてな』

「瞬弥! おまえも……」


 オレがそう言い終わるうちに、瞬弥はインカムを外した。この場所から選手の様子が見えた。瞬弥はインカムになっていたカチューシャを帽子ごと取り外した。


 薄手で麻布の半そでシャツと裾を絞ったズボン。クリシュナに化けるため、瞬弥の白い肌は小麦色に塗られている。そのせいかどうかはわからないが、より精悍さを増し、獣のような美しさと強靭さが見て取れた。ここのところ鍛えた成果も出ているのだろう。肩の盛り上がりも首周りも太く大きく感じた。


 試合は色々な儀式を一通り終えてから始まるようだった。最後に王が、試合場の真ん中に行き、褒美なのだろうか、美しいお姫様みたいなのを数人招き入れた。彼女たちは手に手に財宝や穀物などを抱えている。静かに式典を眺めていた観衆も、ここで再び沸き上がる。


 ――――まさか、女の人も褒美じゃないよね? クリシュナはもうお腹いっぱいだと思うけど……。


 それに目的はカンサ王の命だ。褒美でもなんでもない。クリシュナが自らの体で最後にあの王の首を取ることができれば、全てのミッションはコンプリートとなる。


 試合場にはまず、クリシュナの兄貴、バララーマが上った。瞬弥が言った通り、とてもクリシュナと血が繋がっているとは思えない。というか、人間と思えない。熊かなにかとのハーフじゃないかと思うほどだ。

 確かにオレ達の倍ほど体がデカく感じる。上半身は裸なので、筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒し、両肩を静かに回している。対するカンサ王側の戦士も同様なタイプ。だが、彼は金属ではないけれど皮の鎧を纏い、武器も持っている。ちょっと待って、これって格闘技じゃなかったっけ?


「あの、これって武器持っていてもいいのですか?」


 オレは隣でロックコンサートみたいに布を頭上で振り回している商人に聞いてみた。


「ああ? 何言ってんでえ。これは魔術と飛び道具以外は何使ってもいいんでよ」


 飛び道具。つまりチャクラや弓矢はダメってことか。こっちの得意分野を確実に消してやがる。でも、クリシュナのお兄さん、剣も持ってない……。どういうことだろう。


「そのうち、バトルロイヤルになるぜ。どうせカンサ王の戦士は一対一であの兄弟に勝てるわけねえからな」


 一体どこからそんな選手情報が。オレは呆気に取られて既に出来上がって酒臭い息を吐く商人を見た。


「でも、ワシはもちろんカンサ王のマトゥラー国に賭けたぜェ。どんな手ェ使っても勝ちにくる輩だかんねェ!」


 賭け!? そうか!? 商人たちも、恐らく貴族や王族たちも賭けているんだ。しかもバトルロイヤルって。クリシュナ達は二人しかいないのに、カンサ王側はどう見積もっても三十人はいる。


「でも、賭けるっていうけど、みんなカンサ王側に賭けるんじゃないのか?」


 こんなドが付くアウェイな場所で、クリシュナ側、つまりドヴァラカ国に賭けるヤツはいないだろう。それだけで殺されそうだ。


「ふふん。そんな心配はねえ。王が指示した連中、つまり、この国で一番金持ちの商家連やご自分の気に入らねえ貴族や役人にドヴァラカ国側に賭けるよう強制してんだよ。おまえ、商人のくせにそんなことも知らねえのかよ」

「すいません。まだ駆け出しなので……」


 なるほどね。頭の悪いオレでも理解できた。これを機に、カンサ王は、自分の政敵や鬱陶しい人間を拝し、おまけに金を持っている商人たちから捲き上げようとしているんだ。


 そんな会話をしているうちに、円形競技場に大きなドラの音が響き渡る。試合開始の合図だ。観覧席の人々は一斉に立ち上がり、懸命に何かを叫ぶ。その声は『ウオー』という地鳴りのようなうねりとなり、天を突き刺した。

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