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第56話 残酷な興奮

 商人たちが集う勝手門が、見えてきた。先ほどの後宮の裏門とは打って変わり、開け放たれた大きな門には大勢の商人たちが列をなし活気に満ち溢れている。すぐそばまで運河が引かれ、荷を山ほど詰んだ船が順番を待っている。


「おい、おまえも見物に来たのか!? 今日はオレ達も武芸大会を見物できるんだぞ!」


 オレが勝手門でぼんやりしているのを見た商人の一人が声をかけてくれた。武芸大会は出入りの商人も観戦できるらしい。観衆は王族、貴族や役人、力のある者ばかりと聞いている。

 つまりカンサ王側の連中だけ。商人は他国の者も多いので、入れてもらえるのだろうか。オレは弟たちの無事を確かめたあと、瞬弥の様子を知りたくて、商人達が連なる列に加わった。

 


 その少し前、双子たちを助けようと、オレは鞄の中の『時渡りの粉』を掴んだ。だが、それと同時に、航の声が聞こえてきた。


『兄さん、慌てないで。これくらいなんでもないから』


 だが、オレの耳には何人かの悪意に満ちた笑い声が届き、その場の不穏な雰囲気を否が応でも想像させる。


「しかし!」


 そうオレが発する間もなく、女性たちの悲鳴と逃げ惑う声が聞こえてきた。さきほど興奮さながら祭りの開始を告げた女も、蛙が潰されたような声を出してそのまま何も聞こえなくなった。


「翔、航、大丈夫なのか?」


 オレはそれでも恐る恐る声をかけた。


『うん、全然平気だよ。見損なわないで。僕たちも天堂家の一員だからね』


 自信満々な声が返って来た。航はもちろん、翔も武芸に精通している武道家だ。確かに女官くらいが束になったって平気だろうけれど。


『それに奥の手があったしね』


 それでも数を味方に襲われたら死角がないわけでもないはずだ。だが、二人に抜かりはなかった。スタンガンを持っていた。あまり女性たちに大きな怪我を負わせたくなかったらしく、ほとんどをスタンガンで眠らせたらしい。紳士と言えば、紳士かな。


『これから、まずは西のアンバリー妃の居室を探すね。今日はほとんど出払ってるみたいだから、すぐにわかるよ』

「わかった。見つけたらすぐにオレを呼べ。間違っても二人で踏み込むことは考えるなよ。このままインカムはオープンにしておくんだ。」


 了解。という明るい声が聞こえて、オレはほっと胸を撫でおろした。




 そういうワケで、双子が危険な目に合うか、目当ての場所を見つけるまで時間が空いた。オレは武芸大会が行われる宮殿中庭に位置する大広場、競技場へと向かった。


 そこはさながらコロッセウムのような円形競技場だった。大きさはサッカー場くらいだが、周りのスタンドがいつの間にこんなに座席を作ったのかと思うほど、手作り感満載の観覧席が真ん中の試合場をこれでもかというくらい何重にも取り囲んでいた。


 そしてそこには、まるで大人気アイドルのライブ会場かW杯決勝のように、興奮を満面に表す老弱男女が試合開始を今か今かと待っていた。ある者は大声で騒ぎ、ある者は酒に酔い、ある者は立ち上がって指を差し何やら叫んでいた。

 既に誰もこのうねりを止めることはできない。それほど会場は熱気に溢れていた。


 オレは商人たちに用意されている場所に行き、後方の席をなんとか確保する。格闘が実施される試合場は土を固められた円形を象られている。ちょうど相撲の土俵のようだが、大きさは倍はあるかと思う。


 試合場の真ん前にはカンサ王を始めとする王族たちが座るのだろう。豪華な天幕を屋根に持つ観覧席に立派な椅子が置かれてある。その周りには既に貴族たちが座り、時が満ちるのを待っていた。その端に見知った男の姿があった。特徴的な髭を指でしごいている。


 ――――あ、あの変態〇モ官吏だ。へえ。ホントにあのおっさん偉い人だったんだな。


 と、そのとき。


「カンサ王様だ! お妃さまも入場された」


 俄かにスタンドがざわめき出す。大仰な衣と首に幾重にも宝玉の輪で飾った大柄な人物が入って来た。頭には派手な飾りのついた帽子を被り、重そうな剣を腰に帯びている。


 ――――あれが、カンサ王。


 遠目につり上がった眉と細い目が陰惨な印象を与える。既成概念のせいかもしれないけれど、血の通ってないかのような薄い唇もぞっとしない。ここらでは珍しい肌の白さが冷たさを漂わせ、奇異なる姿を強調していた。


 それに続き、見るからに美しい曲線を描く女性たちが三人、入ってきた。第一正妃、第二正妃といったところだ。見るとその背後の観覧席には、既に着席していた後宮の女性たちが色鮮やかな衣装を纏いカンサ王達の動きを目で追っている。

 遠くからだからわからないけれど、どこかぞっとするような冷ややかな視線を感じた。


 王が着席しても、さほど観客たちは歓声を上げなかった。恐怖なのか嫌悪なのか、奇妙な騒めきが起こる程度だった。


 だが……。その様相は彼らが姿を現した途端一変した。王達の観覧席を中心にして右と左から現れた人影に、一夜漬けで設えられた円形競技場が揺れに揺れる。オレは思わず尻の下の木材でできた椅子を手で掴んだ。そのまま倒れてしまいそうだったからだ。


 そして間髪入れずに湧き起こる歓声、罵倒、咆哮。それが一緒くたになって空と地上に向かって大きく渦巻いた。


「選手が入って来たぞ!」「あれがクリシュナか!?」「バララーマ! なんというデカさだ!」「クリシュナ、噂通りの美しさだわ!」「我が国の選手たちも巨人揃いだ!」


 好奇と羨望と嫉妬。これから起こる惨劇を期待する残酷な興奮が瞬弥達へと一斉に降りそそいだ。


 ――――瞬弥……! しっかり!


 オレは歯を食いしばり、両手の拳を握りしめる。あまりに力を入れ過ぎて、爪が肉に食い込むのも気が付かないほどに。

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