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第54話 お兄さんは心配性

 雨季には珍しく天気のいい日が続いている。それでも夕方近くなると決まってスコールのような雷雨に見舞われるが。この日も朝から南国の強い太陽がじりじりと音を鳴らして地面を焼いていた。


「支度はできたか?」


 二人はクリシュナの王城で用意してくれた少女用の衣服を纏った。

 桃色とオレンジの絹のような艶のある布地に金色の帯を締める。首元には宝玉の輪を着け、頭からストールのような薄い布を被った。


 ――――か、可愛い……。


 オレは双子の七五三を思い出してしまった。いや、その時はもちろん袴をはいていたが。


「ここにインカムがあるから、兄さん聞こえる?」


 ぼんやり二人を見ているオレに翔が言う。はっとして耳を触る。


「あ、ああ大丈夫だ。よく聴こえる」


 双子はストールの下にカチューシャを着けていた。その実態はインカムで、オレのイヤホンに声を届ける。


「樹兄さんも似合ってるよ」


 航がオレの気持ちに気付いたかのように瞳を三日月みたいにしてほくそ笑んでいる。


「からかうんじゃない! 真面目にやれ。命がけなんだぞ」


 今日のオレはこの二人を後宮に売り渡す悪人だ。全く、こんな善人面で品行方正なオレがなんでまた。布で捲き上げたような帽子を被り、商人風の裾を窄めたズボン。お世辞にも上品からは程遠い。


 ただ、こだわりで今日はインナーに勝負Tシャツを着ている。なんの変哲もない濃紺のだが、オレがいつも試合で道着の下に着てるやつだ。まあ、ゲン担ぎかな。武器等々は肩から斜め掛けした鞄に詰め込んである。


 ――――しかし、こんな可愛いんじゃ、すぐに王に差し出されちゃうんじゃ、いや、それよりも女官達に妬まれてリンチされるかも!? 


「兄さん、心配しなくて大丈夫だよ。僕たち、ちゃんとやるから」


 大きな黒目をうるうるさせてオレに言うその愛らしさ。って、オレはブラコンではない。そうだ。こいつらは見た目とは裏腹の恐るべき双子。ここは信用しよう。いざとなれば『時渡りの粉』がある。オレは心配に蓋をしてそう言い聞かせた。


 オレ達は約束した時間に宮殿の裏に来ていた。ここは例の、宮殿と後宮を分ける壁のすぐ横に位置する場所だ。

 宮殿は正面以外を自然の壁、森に囲まれている。オレ達は樹々の中に作られた細い道をたどり、ヤシの木に隠れるように存在していた裏門の前にいた。


「こんな所に門があるなんて、誰もわからないな。しかもこれでは荷物も運べないだろう」

「兄さん、お輿入れとは違うから。それはきっと別のきちんとした門があるんだよ」


 と、翔に言われた。ああ、そうですか。無知な兄ですまんね。無言の圧を弟にかけていると、音もなく扉が開けられた。


「あ……」

「時間通りに来たね。荷物はそれだけかい?」


 皺だらけの、でも鋭い眼光の、双眸だけを見せ、後は全身グレーの布を纏った女性が現われた。見えてる部分が少ないが、皺と声からして年齢はオレ達の祖母(ばあ)ちゃんくらいか。その後ろには、護衛兵だろう。身の丈がでかい影が見える。


「はい。よろしくお願いします」


 オレは深々と頭を下げ、たすき掛けにした鞄から、書類を出す。アルジュナに渡された紹介書と二人のお品書き。お品書きってホントに物みたいで嫌なんだけど、実際この場では、弟たちは商品だ。


「ふんふん。聞いてた以上の上物だね。でも、王はロリコンじゃないから、まだ時間はかかる。それまでちゃんと生き延びておくれよ」


 下卑た笑い声を上げながら、女は弟達の顎に手をかけ、舐めるように眺めている。


「どういう意味ですか? 二人とも大切な商品だ。大事に扱ってもらえませんと」


 オレは女が手を放すと同時に、二人の前で壁よろしく立ちはだかった。


「何を言ってる。金払ったらこっちのもんだろう。今回は懇意の商人からのたっての頼みだから買ってやったんだよ。ま、こっちもあの妃の女官はしょっちゅういなくなるんで、ちょうど良かったんだけどね」

「それ、どういう……」


「うるさいね。さあ、今日は結婚式くらいに忙しい日なんだよ。ほんとならこんな日、断るのに。さっさとおいで」

「おい……」

「はい。今すぐ」『兄さん、もう大丈夫だから。ブラコンが過ぎるよ』


 耳の中にあるイヤホンから、航の声が聞こえてきた。インカムを作動させたらしい。ブラコンで悪かったな! それでもオレはなんだか胸騒ぎがする。


「おねえさん(お姉さんでは決してないけれど)! この二人が仕える妃って……」


 扉の中に翔と航は既に入ってしまっている。おねえさんと呼ばれたばあさんは、振り向きもせずにヤシの林の中を突き進んでいった。

 双子の背を押すように護衛兵が後ろにつくと、いつからいたのか門番が厚い扉に手をかけ視界を閉ざしてしまった。

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