第53話 切ない場所
アルジュナからは、主だった妃たちの名前と評判を聞いていた。それによると、第一正妃と第二正妃はそれぞれ二人ずつ子供がいて、対なる主殿に一緒に住んでいる。
護衛も含めて仕える者も共にいるので、まずそこでクリシュナの体を隠すのは不可能だという。第三、第四妃も屋敷は小さいが、ほぼ同じ環境。そしてその後は順位もあやふやになるらしい。
「長いとこ子供が出来なくて、でもまだ現役の妃というのがいてな。それが生半可な権力を持っている。だが、もう少し歳を取ってしまうと、正妃たちに仕える立場になるのだよ」
オレはアルジュナの言葉を思い出す。なんだか切ない話だな。王様の奥様って華やかで贅沢でいいこと尽くめだと勝手に想像していたけど、そんな簡単にはいかないんだな。
妃には、もちろん出自による差別が当然あって、それこそ神仙が定めた神様の娘とかは位が高い。後は、他国のお姫様。でも、王様に愛されるのはそういうのより、国で評判の綺麗な少女だということだ。
だけど詳しいところは、弟達の教育上の問題もあるし、あまり深入りしないようにしようと思う。
で、結局怪しいと思われる妃は、数年前まで第一正妃だったサティヤという妃と隣国のお姫様のアンバリー妃。
二人とも数年前はランキングに入るお妃さんだったけど、子供もなくて、歳も取ってしまったので、今や圏外。……残酷な話。
でも権力はあるので、それなりの屋敷を持っているらしい。彼女たちに仕えるものはもちろんいるが、べったり貼りついているようなことはないという。
「しかし、二人がどのあたりに住んでいるか、西か東かも不明だ」(アルジュナ談)
ということで、オレ達はロの字に建てられた屋敷群から情報を集めているわけ。
オレ達は昼飯も画面を見ながら食べ、ずっとドローンが映し出す映像と音に釘付けだった。回廊を歩く女官や護衛官として中にいる兵士、(所謂宦官みたいな人らしい)たちの噂話は聞くに堪えないものだ。オレは何度も双子の耳を塞いだが、手が二つしかないから不可能だった。
そんななかで有益だった噂話は二つ。
まずは西の第二正妃側で聞いたのが。
「アンバリー妃のところにいた女官が殺されたって本当かい?」
「さあ、殺されたかどうかはわからないが、死体が出たというのは聞いたな。夜中にこっそりそれらしいものを運んでたのを見た下女がいたようだ」
「怖いねえ。その子も殺されちゃうんじゃない?」
「そう言われれば、最近見かけないな」
かなりぞっとしない会話だ。
そして、一方の東、第一正妃側。
「東の館が静かなのは、サティヤ様が最近、人払いをされてるからでしょう?」
「なんだかね。食事も扉越しに渡してんだってよ。そのご飯の量も多いみたいだし、食べすぎで太ったんじゃねえの。ま、お陰で夜中にウロウロされるのを追っかける必要がなくて助かってるけどな」
「不気味ねえ。もしかして、また男……」
「しっ。それは……。あれ? なんだあれ」
と、護衛官の驚いた顔がモニターに映った。髭も眉もない独特の風貌だ。航は慌てて上空にドローンを逃がした。
「どう思う?」
有益な会話はこれ二つだ。あとは妃たちの悪口と下ネタ。
「どちらも怪しいね」
「でも、どっちもどこの部屋かはわからなかった」
翔と航がシンクロナイズドスイミングのように言う。今はこの競技名、変わったんだっけか。
「そうだな。でも、噂をしていた場所から、内側であることは間違いなさそうだ。とにかくこのことをアルジュナ達に伝えよう」
「うん、大体のマップもできたし、これも紙に書くからちょっと待ってて」
翔がモニター上に作成したマップを紙に書き写している。さすがにプリンターまでは持ってこれなかったのでここはアナログだ。そして、アナログと言えば、通信手段も。
「カワリ! 来い!」
今回、オレ達に同行していた鷹のカワリを呼ぶ。本来の用途とはちと違うが、連絡係としてもきちんと任を果たしてくれる。
通信手段として弟たちが持ってきたインカム。こちらは明日には大活躍してくれるだろうが、ここではさすがに遠すぎて使えない。しかし、アルジュナ達には十分に教えてきたが、きちんと使いこなしてくれるかな。
「はい、カワリ、これをアルジュナさんの所へ運んでね」
翔が紙にかいたマップと伝言を小さく丸め、カワリの足首の入れ物に取り付けた。カワリはくいくいと首を二度ほど振り、四角く枠取られた窓から青い空へと飛び出していった。