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第50話 必要とされること

「今すぐ、帰れ! これは遊びじゃないんだ!」

「ええー! 裸にしたのは謝るから! 僕たち、絶対お役に立つよ?!」


 オレは弟達から受け取った衣服を着ると、速攻で怒鳴った。

 瞬弥が無事だったことの安心感と無様な登場に対する恥ずかしさで顔が熱い。それを誤魔化すように憤激して見せている。てか、やっぱりおまえたちの仕業かよ!


 どうやら奴らはオレには失敗作を渡しておいて、自分達は完成作を隠し持っていたようだ。全く油断も隙も無い。

 このもらった衣装にしても、どこで調べたんだろう? オレ達が最初に古代に渡った時は、アルジュナやクリシュナの話を参考にネットで買ったんだけど、こんな上等なんじゃなかったな。偶然とは思うけど、今の状況にはぴったりだ。


「まあ、落ち着け、樹。まずは俺達の話を聞けよ。聞きたいことあるだろう?」


 オレの怒りをなだめるように、瞬弥がそう言った。手にはいつもの珈琲がある。


「これでも飲めよ。翔と航も飲むだろう? しかし、君らは凄いな」

「えへへ。でしょ?」「いただきまーす!」

「えへへじゃない!」


 オレは右手でカップを受け取りながら、また雷を落とす。だが、もう随分気持ちは落ち着いている。カフェイン効果だろうか。珈琲の香りを嗅いだだけで、魔法にかかったようだ。

 弟達も瞬弥から珈琲をもらい、嬉しそうに椅子に座った。オレはそれを目の端に収め、改めて瞬弥とアルジュナの方と向いた。


「オレがいなくなってからの八日間。一体何が起こったんだ?」


 瞬弥とクリシュナ、アルジュナが代わる代わるここまでの経緯を教えてくれた。

 まず、場所はクリシュナの父親が治める国、ドヴァラカ国の王城だということだった。この部屋はクリシュナが居住している建屋の一つ、最も奥の寝室だ。ここに戻って来たのは、オレが身体を張って仕入れてきた情報、『武芸大会』に出場するためだ。


「オレがゲットした情報が役に立ったんだ」


 オレは心底嬉しかった。あんな思いをしたんだ。結果が出ないのは切なすぎる。


「こいつが城との連絡係をしてくれてね。久しぶりだろ?」


 アルジュナがピュッと短い口笛を鳴らすと、いつからいたのだろう、部屋の奥から大きな黒い影が羽ばたきの音をさせて飛んできた。


「カワリじゃないか!?」


 鋭い眼光を持ちながら、愛嬌のある冠を携えた猛禽類。鷹のカワリだ。狩猟小屋で何日か一緒に過ごしたが、小屋を後にした時にはいつの間にかいなくなっていた。


「確かに城に『武芸大会』の招待が伝えられていた。それで私達はここに戻ったのだよ。カンサ王が面と向かって招待してきたのだ。アスラ族の襲撃もないだろうと」


 それから瞬弥はアルジュナに毎日鍛えられているそうだ。今のままでは、試合に勝つことはおろか、命すらも危ないからだと言う。

 確かに面構えも体つきも以前よりレベルアップした気がする。オレは何だか置いて行かれた感に心がざわめいた。


「どういう作戦なんだ?」

「あれからカンサ王の後宮についても調べてみた。そこにクリシュナの体があると私たちは断定した。だから、この武芸大会を利用して、後宮に忍び込む」


 アルジュナは招待されていないので、武芸大会には出場できないが、側人のフリをして行くという。


「そう言えば、クリシュナのお兄さんは?」


 確か、カンサ王を討つには、お兄さんが必要だとクリシュナが言っていた。


「覚えていたか。ああ、それも重要なパーツだった。兄が無事だとわかったのだよ。当然、武芸大会には兄、バララーマとともに出場する」


 そう答えたのはクリシュナだった。弟たちが、瞬弥の瞳がくるくる色が変わるのを不思議そうに見ている。オレも久しぶりに見るから、何だか面白い。


「まあ、兄に任せておけば、瞬弥の力量がイマイチでも何とかなるだろう」「何言ってるんだよ。俺は死ぬ気で頑張ってるんだ。負けるかよ」


 瞳が黒に変わる。『おお!』、なんて航が小声を上げた。

 オレも円佳さんから聞いた消えたアスラ族の話をしたり、何度も失敗して危うくクリシュナみたいになるところだったなんて話をした。


 ようやく取り戻したこの時間に、オレは先の不安より安堵感を覚えていた。だがそれも束の間のことだろう。武芸大会は一週間後だとアルジュナは言った。




「しかし、貴様よくここに戻って来れたな」


 瞬弥と弟たちが、カワリと遊んでいる隙に、アルジュナがオレに話しかけてきた。正装を着こなしたこいつも、王家出身の貫録が湧き出ている。アルジュナはクル国の王族なんだよね。


「弟たちのお陰だよ」

「ここだけの話だがな。実は貴様を迎えに行くつもりだった」

「そうなのか!?」

「『時渡りの粉』はぎりぎり余裕があったしな。瞬弥は自分では言い出さなかったが、限界だった。このままではいくら鍛錬しても身に付かない。クリシュナも同感だった。あいつが一番、瞬弥の気持ちをわかっていたから」


 オレは小さく息を吐いた。嬉しかった。瞬弥に拒否されたわけじゃないことくらい、百も承知だったけど。それでも、疑わなかったわけじゃない。あいつにオレは必要ないんじゃないかって。オレだけがあいつを必要としていたのかもって。そんなわけないのにな。


 瞬弥もオレを必要としてくれていた。それがオレにとって、どれほど力強く、オレに勇気を与えるか……。オレは思わずニヤニヤしてしまった。


「ところで、樹」


 話が途切れた時、満を持した感を漂わせてアルジュナが切り出した。


「なに?」


「貴様の弟達、作戦に使わせてくれ」

「へ?」


 オレが瞳孔を広げている横で、麗しい弟たちはカワリに小突かれ、女子のような笑い声を立てていた。

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