第49話 涙と裸の再会
――――あいつら! まだ他に持っていたのか。
けれど、もうそれは仕方ない。あまりあいつらのことを考えていると、元に戻りかねない。オレは再度瞬弥の気配に集中する。それが感じられた時、オレはどれほどに嬉しかったか。この気配こそ、あいつがちゃんと生きている証だからだ。
「瞬弥……」
オレの目の前にぼんやりと人の姿が見えてきた。人影は二つ。一つは瞬弥に間違いない。もう一つはアルジュナだろう。
「樹! おまえ、どうやって……」
瞬弥の声と同時に、霧が晴れたように視界が開けた。オレは目の前にいる男の双眸を見る。黒曜石の瞳が輝いていた。
言いたいことがたくさんあった。でも、もうそんなことはどうでも良かった。ただ、これが夢でないことを確かめたくて、オレはあいつに一直線、抱き着いた。
「良かった、生きてた……。瞬弥! ごめん! オレ……」
「おまえ、なんで戻って来たんだよ! ばかやろう! でも、でも、嬉しい!」
オレは涙が流れるのを止めることができなかった。あいつのがっしりした背中をぐいぐい締めてガキみたいに泣いた。瞬弥はそれをしっかり受け止めてくれた。
けど、何か様子が違う。瞬弥は一つ深呼吸をするとオレの体を自分から剥がした。
「えっと、まず落ち着こう。俺は今凄く嬉しい。それは本心だ。かなり後悔してたからな……でも、まさか、全裸で来るとは思わなかった」
――――えっ? 何?
「その、感動の再会をしたいんだけど。今、ちょっと立場上困るんだよね。その格好。何か着てくれないか?」
オレはまず自分を見る。何も着ていない……。あ・い・つ・ら……。
「不可抗力だよ!」
オレは赤面しながら、瞬弥から離れた。その時、そこが今まで見た事のない場所だったのに初めて気が付いた。そのうえ、アルジュナと思っていた人影が、煌びやかな刺繍と金糸が織られた衣服を纏った美女だった!
「ひええ!」
オレは情けない声を出してその場にうずくまる。すかさず瞬弥が投げてくれたシーツをたぐりよせ、女の子みたいに横座りして半身を隠した。
「だ、大丈夫か、樹……? ラクシュミー、すまないが、席を外しておくれ。あ、誤解しないでね。こいつ、変態でも恋人でもないから」
そういう瞬弥は、どこぞの王子様のようなきちんとしたナリをしている。白地に金糸の刺繍が施された上着には、青い帯が斜めがけに縫い付けられ、スタンドカラーの襟に宝石がきらきらしている。
上着は膝くらいの長さで、その下から裾の細い水色のズボンが見えた。頭にはクジャクの羽をつけた白い帽子を被っている。
部屋はホテルのスイートルームのように天蓋のキングサイズのベッドが真ん中にあり、敷き詰められた花柄の絨毯の上には、見事な細工の調度品が置かれていた。窓がたくさんある明るい部屋で、バルコニーからは爽やかな風が入ってくる。
「これは……? どうなってるんだ? アルジュナは?」
長いドレスを揺蕩わせながら、女性が退室していった。それを目で追いながら、オレは瞬弥に尋ねる。奴はそれには答えず、切れ長の双眸に涙を溜め、座り込んだオレの目線に合わせるよう膝をついた。
「本当に戻って来てくれたんだな。どうやったかは知らんが……もう、正直に言う。危険な目に合わせたくなかったけど、やっぱり俺、おまえがいないと……ごめん、樹!」
瞬弥は茫然とするオレの肩を抱きしめた。何が何だかわからなかったが、瞬弥の安堵と喜びの感情が流れてくるのだけは感じることができた。オレもあいつの背中に両手を回した。
「オレを一人で追い返すなんて、もう考えるなよ」
オレの言葉に瞬弥が頷くのを右肩に感じる。互いの体温を心地よく感じていた時、頭の上から冷めた声が聞こえた。
「いい加減にしないか。後ろで弟達が声を掛けられなくて困っているぞ」
アルジュナの声だ。オレと瞬弥は、電撃に晒されたみたいにびくんと体を躍らせて離れた。声のする方を見ると、こちらも正装というのか、碧眼に合わせた様な碧色の地に、蔦の絵柄を刺繍した上着を着ている。
「私ももう限界だ。そろそろいいかな?」
とこれはクリシュナ。瞬弥の瞳が金色に変わる。相変わらず、そこにいるのね。
「弟?」
色々収集する情報が多すぎる。だが、アルジュナが言った言葉に、どうしても無視できないものがあった。
「えへへ、樹兄さん、はい」
後ろを振り向くと、いつの間にいたのか、この時代に相応しい装いの翔と航がいた。二人は色違いの膝までの上着を着て、畳まれたオレの服を差し出した。
「この衣装ね。クルタっていうんだよ。瞬弥さん達が着てるのは、王族用のだね」
「お・ま・え・らー!!」
オレは服をひったくるように取ると、サラサラヘアにげんこつを一発ずつお見舞いした。