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第45話 ライバル

 オレが戻って来ていることは当面内緒にしておきたい。なんたって一人で戻って来たんだ。

 大体、こういう事態を瞬弥は考えてたのか? 全く、どう説明しろって言うんだよ。あいつはまだ帰りたくないそうです。とか? アホか。


 こそこそするのは性分じゃないけど仕方ない。病院に行くのは無理なので、痛む箇所に我が家伝統の薬を塗る。稽古でこれくらいの怪我は(骨折とかも経験済み)あるので重症な箇所がないのはわかる。それに大事な鼻は折れていないようで良かった。


 ――――これでよし。気が進まないけど、行かないとな……。


 オレは瞬弥の婚約者、円佳さんに会うつもりだった。気丈そうな人だったけど、きっと瞬弥のこと心配していると思う。一人のこのこ会いにいくのはどうかと思うのももちろんある。でも、見捨てたんじゃない。もう一度あの時代に戻って、必ず連れ帰ると約束したかった。

 自己満足かもしれないけど、そう宣言して退路を切りたい気持ちもあった。


 オレは久しぶりにスマホを操作し、円佳さんと連絡を取った。彼女は驚いていたけれど、二日後の学校終わりに会うことを約束してくれた。

 待ち合わせ場所は彼女の高校近くのカフェ。ここはオレやオレの学校のテリトリーではないので、放課後であっても知りあいに会う事はないだろう。ただ、用心のために帽子とサングラスを着けていった。まだ片目が腫れぼったいのを隠したかったし。


 夕暮れ近い街はすっかり冬の装いだ。紅葉していた樹々も既に葉を落とし、わずかに残った枯葉を風に揺らしている。オレは革ジャケットを羽織り、デニムのポケットに両手を突っ込む。なんだかずっと暑いところにいたからか、まだ寒さ序盤というのに風が冷たく感じた。


「あら、変装ですか?」


 カフェの自動ドアを抜けると、円佳さんが窓際の席にいるのが見えた。少し茶系の髪が肩で踊り、女子高では珍しいセーラー服を着ていた。オレが手を振って近づくと、開口一番そう言われた。


「みっともなくて、ごめん」

「ううん!? 謝らなくていいですよ。電話で大体のことわかったし」


 オレはどうして瞬弥が戻っていないのかを、簡単に電話で説明した。だから、情けないオレと会って、それ以上の話を聞く必要は彼女になかった。それでも、円佳さんはオレに会いたいと言ってくれた。


「いや、でもしっかりと謝りたいんだ。瞬弥を置いて、一人戻って来てしまった事」


 椅子に座る前に、オレは帽子を取って頭を下げた。有名カフェだけあって、店内は満席。でも、みんな友達との会話やスマホに夢中だ。デカい図体の男が一人頭を下げていても気づくものはいなかった。


「頭を上げてください。こんなところで、卑怯ですよ」


 卑怯? その言葉のチョイスを不思議に思って、オレは頭を上げる。彼女は柔らかな笑顔でオレを見ていた。キツイ言葉とは裏腹に責めてるわけでもなさそうだ。


「卑怯か。確かにそうだね。謝罪しても許されることじゃない」

「それは違います。そういう意味では……。第一、私に許す権限ないですよ。それに、樹さんは何も悪くないです。それより、向こうの様子を聞かせてくれませんか? 凄く興味あるんです!」


 彼女はあくまでも明るい。何も心配していないかのように振る舞っている。いや、それとも本当に心配していないのだろうか? オレは戸惑ったが、彼女が求めるまま、この十日間の冒険について語った。

 話し出すと勝手なもので、オレも何だか楽しくなり、手振りを加えながら熱弁してしまった。


「凄い凄い! 小説なんかより面白いです!」


 円佳さんは、屈託のない笑顔でオレの話に相槌を打つ。首を振る度に耳の小さなピアスがきらりと光った。


「円佳さんは、瞬弥と会って、まだ日が浅かったんだよね」

「え? ええ。そうね。お写真は随分前から見せて頂いていたけれど」


 ホット珈琲の入ったカップを両手で囲むように持ち、彼女は首肯する。


「あいつ、瞬弥は会った人を軒並み惹きつけてしまう力があって、女の子にも必要以上にモテるから、誤解されることもあると思うんだ。でも、瞬弥を信じて待っていて欲しい。あいつを置き去りにしたオレの言葉なんか信用できないかもだけど。オレ、絶対戻って、今度こそ瞬弥と二人で帰ってくるから」


 彼女が瞬弥を心配していないのは、もしかして、ヤツの素行から来るものかなとオレは考えた。でも、なんだろう。瞬弥は円佳さんには特別な感情を持ってる。そんな気がしていた。だから、彼女に瞬弥のこと待っていて欲しかった。これはそんな気持ちから出た言葉だった。


「上手く言えないけど、あの……」

「私が心配していないのが、不安ですか?」

「え? いや、そうじゃなくて……」


 図星だった。瞬弥が円佳さんのこと『頭がいい』と言っていたのを思い出す。


「私ね。本当に心配していないのです。そう言うと、不思議に思われるかもしれないけれど。でも、樹さんも瞬弥さんも心配しながら時代を遡ったわけではないでしょう? 必ず解決して戻ってくるって思って行ったのでしょう?」


「え、ああ、そうだね。全く不安がなかったわけじゃないけど。オレ達四人なら、絶対出来るって思ってたし、今も思ってる」

「だから、私も安心して待っているのです。それに……」


 彼女はそこで言葉を切って、オレを見た。口角を上げ、何かとても言いたげな目をしている。


「それに?」

「それに、瞬弥さんの女性関係は全然気にならない。彼女たちは私の敵じゃないです」


 ほお。流石だね。そう来たか。瞬弥に聞かせてやりたいね。でも、女の人ってやっぱり怖いな。瞬弥め、いい加減な気持ちで付き合ってると、そのうち手痛い仕打ちに合うぞ。

 そう考えながらニヤついているオレに、円佳さんはこう言った。


「私のライバルは、樹さんだけですから」

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