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第39話 悪夢に潜む罠

 妖しい音楽が流れている。妖しい音楽ってどんな音楽だろ? なんかこう、腰の辺りがムズムズするような。露出度の高い女の人が踊っているような音楽……。


 そんな雰囲気のストリングスとパーカッションが耳に纏わりついてくる。長い廊下をオレは一人で歩いていた。自分の心臓と息が聞こえる。靄がかかったように周りがよく見えない。


 ――――ここは?


 重そうな扉が自分の目の前に現れ、視界を遮断する。オレは恐る恐るノブに手を掛け、ゆっくりと回した。錆びた自転車のブレーキのような音をたてて、扉は開いた。


「おや……。貴方は誰? 迷いネコ?」


 そこには、長い黒髪を結った彫の深い美しい人がベッドに身を委ねていた。肩にシルクの上着を羽織っているほかは全裸のようだ。豊かな胸がちらりと覗いている。だが、オレはそんな彼女のあられもない姿より、彼女の膝の上に乗るものに釘付けになった。


「そ、それは……」


 そこには、見慣れた美麗シックスパックの肉体が横たわっていた。黒髪は緩いパーマのかかったショート。俯いているのか、顔が見えない。


「この男に用なのかい? もう飽きたから、捨てるのよ。ほら?」

「!」


 オレは目を疑った。く、首が……。その女は、髪の毛を掴んで顔を見せた。長い睫毛は伏せられたまま。形の良い唇が紫色に変わっていた。

 女は首だけを持っていた。胴体から離れてしまった首だけを。瞬弥の首だけ……を。


「瞬弥あ! てめえ、なんてことをー!!」


 ――――はっ!


 オレは自分の声に跳び起きた。夢だった。オレは夢の中の、瞬弥の首を、首だけになった姿に驚いて目が覚めた。汗びっしょりだった。


 ――――夢だとしても耐えがたい。大体、あの体はクリシュナのはずだ。もちろん、それでもいいわけじゃないけど……。


 両手で顔を覆う。息がまだ荒い。オレはクリシュナの肉体がどんななのか知らない。髪の色も長さも、腹が割れてるかどうかも。だから、夢では瞬弥の姿になったんだろうけど。だとしても嫌な夢だ。

 後宮のことを調べ始めた途端こんな夢を見るようじゃ、先が思いやられる。


「瞬弥……」


 オレは大声を出さなかったろうか。気になって隣で寝ている瞬弥の方を見る。静かな寝息を立てて眠っているようだ。

 オレはホッとした。縁起でもない、あんな夢。誰にも知られたくない。できれば自分も忘れたい。


 瞬弥の首元が気になって、オレはヤツのベッドまで行き、顔を覗き込んだ。月明かりが窓から差し込み、日本人離れした高い鼻が影を作っている。いつ見ても、綺麗な顔だな。肌がつるつるしてて女優みたいだ。


 ――――ちゃんと繋がってる。当たり前か。


 こんな夢に怯えるなんて、まるでガキだな。ふっと鼻で笑いつつ戻ろうとしたその時、ふいに何かが動いた。


「ええ?!」


 瞬弥の両腕が覗き込んでたオレの首の後ろに伸び、瞬間、ヤツに引き寄せられた。


「や、やめろ! 待て、早まるな!」

「ん? なんだ、樹か。うん? まだ夜中だぞ? そうかそうか、こっちの道に来たくなったか?」


 何が、そうかそうかだ! 月光を浴びた漆黒の瞳とばっちり目が合う。条件反射で抱こうとするんじゃねえよ。おまえはこっちもそっちも行けんのか!?


「アホか!」


 オレは首の後ろで絡まってるヤツの両手を潜り抜け、自分のベッドに戻ろうとした。その時奴は半身を起こして、オレの腕をつかんだ。


「待てよ」


 低く抑えた声に軽く電気が走った。


「なに? 冗談はもう……」

「いや、そうじゃない。どうした? おまえらしくもないな……。夜中にオレの顔を見に来るなんて」

「そういう言い方はきもい」


 抵抗を諦め、オレは瞬弥のベッドの端っこに腰を下ろした。奴も腕を放し、並んで座る。

 アルジュナは少し離れた場所のベッドで寝ている。だけど、あいつのことだから、オレらがごそごそしているのに気付いているだろう。


「クリシュナは?」

「王子さまは就寝中だ。こいつ、近くにアルジュナがいると、どこでも熟睡できるのな。ほんと、凄いよ。調教のされ方が」

「あんまりな言い方だな。ま、当たってるけど」


 どうしてか。オレは我慢できなかった。オレは深く考えるよりも先に、アルジュナに聴こえないよう声をもう一段階顰めた。


「瞬弥、一緒に現代に帰らないか?」


 だが、オレは言ってすぐ、激しく後悔した。

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