第3話 同意なき同居
「うん、瞳が黒い! 良かった……。一時はどうなることかと……」
オレは再び瞬弥を剥がし、やつの形のいい双眸を見た。金色に輝いていた瞳は元の黒曜石のような漆黒に戻っていた。
水もしたたるいい男なんてもう死語かな。でもオレは今、目の前のそれに実感してる。緩めのパーマがかかったツーブロックの髪から雫が落ちて頬に伝う様は、赤く腫れた頬もアクセサリーのようだ。
「樹、どうして水なんかかけるんだよ。まさか次はお湯かけようと思ってたんじゃないだろうな」
瞬弥は濡れた服を全て脱ぎ捨て、バスタオルで全身を拭いている。有名なイケメンサッカー選手みたいな、バキバキでどこにもぜい肉がついていない上半身。男のオレでも目のやり場に困るほどきれいだ。わざとなのか、これ見よがしにオレの目の前でそれを披露している。
「そうだな。水で駄目ならお湯もあったか」
「俺はパンダじゃない!」
そこでどうしてパンダが出てきたのかは置いといて、オレは今さっきあったことを確認した。
「一体、どうしたんだよ。いきなり目は金色になるし、自分のことクリシュナとか言い出すし、倒れた時、頭でも打ったのか?」
そう言って、オレはあの時、何かが襲ってきたことを思い出した。遠ざかる聞いたことのない声。やはり、これはただ事ではない?
「それなんだけど……」
着替えの済んだ瞬弥は、改めてどっかりと革のソファーに座った。そして既に冷めきった珈琲に口をつけた。珈琲カップは奴のお気にいり、ドルチェ&ガッバーナのロゴ入りだ。
「今もまだ、俺の中にいる……」
「はあ!? なんだそれ!?」
冷めても美味い瞬弥の(淹れてくれた)珈琲をオレは危うく吹き出しそうになった。
瞬弥が言うには、さっきぶっ倒れた時、後頭部に激痛が走ったらしい。そしてその直後から、別の誰かの意識が瞬弥のそれを突き飛ばし、入り込んで来た。瞬弥があっけに取られているのを気にも留めず、そいつは我が物顔で自分の体を動かした。瞬弥からはオレの顔や声も聞こえていたそうだ。だが必死に叫んでも声は届かなかった。
「おまえに平手打ちされた時、あいつが何故か怯んだんだ。それで、その隙をついて俺が出て来たってわけ。今もなんか頭の中でうるさいよ。こっから出せって」
そう言えば、金目も『ハエがうるさい』とかなんとか言ってたな。じゃあ、あれは瞬弥の意識のことか。失礼な奴だな!
「出せって……。それこそ瞬弥の体から出て行って欲しいよな」
「全くだ。なんで狭い器の中で同居せにゃならんのだ。これじゃ、彼女と会うのも不便だよ」
そっちかよ。てか、心配なのはそこだけなのか? 相変わらず呆れた奴だ。御曹司の瞬弥には既に婚約者がいるらしい。オレは会ったことないけど。そういうのは全然受け入れているんだけど、それまでは好きにする、ってのが瞬弥のポリシー。なので高校生ではなく年上のお姉さまたちとお付き合いしてる。言っとくけど、オレは全然羨ましくないよ。オレは、本気の恋愛をしたい。心から愛せる人を今、探している。つまり、オレはただいま絶賛彼女募集中だ。
「でも、今、そいつとしっかり話をしようと思ってる」
散々不満をぶち上げたが、瞬弥は真面目な顔をしてオレにそう言った。中で騒いでいるだろう金目野郎、クリシュナか、も、同じように少し落ち着いたのだろうか。
もし、これが瞬弥でなくてオレに起こったことだったら……。そう思うと恐ろしい。自分の体の中に、誰かわかんない奴が突然侵入してきて、自分の意識を押し込め体を乗っ取る! それは想像を絶する恐ろしさだ。それを瞬弥はわずか十分ほどで対応しようとしている。
「さすがだな……」
「てか、おまえ勝手だな!」「何を言うか、私を誰だと思っておる」「知るか!」
一人で喧嘩を始めた……。切れ長の明眸が金色になったり黒くなったりしてるし。もしかしたらこいつら、性格似てるのかも。オレは一人で怒鳴り合う瞬弥の姿をぼんやりと眺めていた。美麗な顔立ちは決して歪めないで叫ぶ。名人芸だな、と感心しながら。