第38話 逆襲!
限界値を越えた。オレはヤツの手首を掴むとその指を逆に曲げた。
「ぎゃあああ!」
これは実はかなり痛い。鍛えてる人でも意外に急所なのだ。さて、折ってしまおうかな?
「ソマカ様!」
おっと、そういうワケにもいかないか。用心棒的なのが何人かやってきた。オレはソマカの指を離し、紳士面した顔に蹴りをお見舞いしてやった。
「オレは男には興味ないんだよ! おっさん!」
ソマカ官吏長はそのまま床に昏倒した。オレは用心棒たちの攻撃をかわし、そこらにあった調度品を適当に投げたり、武器代わりにしたりで応戦。
毎日の訓練は伊達じゃない。アルジュナに嫌というほど叩き込まれてるんだ。こんな連中に負けるわけがない。その場を瞬く間に制圧すると、単なる四角い枠でしかない窓からさっさと逃げ出した。
「それは、収穫だった、な!」
アルジュナはもう堪えきれないと言った体で、言い終わる前に笑い出した。腹を抱えてっていう表現があるけど、まさにそれ。オレは当然憮然とした。
オレ達は既に宮殿を後にし、この国での仮住まいに帰還していた。
「大丈夫だったか? ほんとにそれ以上のことはなかったんだろうな?」
おい……。どんだけマジな顔してオレを見てんだよ。瞬弥が不貞腐れるオレの顔を心配そうに覗く。そんな顔されるなら、まだ笑われる方がましだ。
「ないよ! 誰のために頑張ったと思って……」
「そう言うな、瞬弥は貴様がなかなか戻って来ないので、本気で心配していたのだ。それとな、こいつ……」
と、これはクリシュナ。今は二人とも顕在しているようだ。
「なんだよ? そりゃ、心配かけたかもだけど」
「おまえに迫る野郎とかぜってえ許さん……。俺は(・)許さんからな!」
「は?!」
何言ってる? こいつ。今言ったのは、声からして瞬弥だよな。俺は、って……。おまえ、オレの何なの? マジでドン引くんだけど!
オレとアルジュナが完全にねじが抜け落ち崩れた表情で同時に瞬弥を見る。
「瞬弥、冗談も大概にしろ。マジきもかったんだからな!」
オレはそう吐き捨て、瞬弥を睨む。すると一瞬、怯んだような表情をして、いつもの悪戯した後の子供みたいな顔して笑った。
「そうだよな。女ともまだなのに、先にそっち経験したんじゃ浮かばれねえわな」
「うるせえ! おまえと違ってオレは純粋なんだよ!」
なんだか腹が立ってきた。なんでこんなに奴らの笑いのネタにならないといけないんだよ。間違ってる! オレは腹立ちまぎれに机を蹴った。
「すまなかった。もう笑わない。しかし、樹が得てきた情報はかなり有益だ。後宮にある可能性が高くなってきたな。さすが、体を張っただけあって……」
何を想像したのか、また笑い出している。アルジュナの奴、ぜってえ許さん。大体、自分だけ髭つけてるけど、オレや瞬弥は肌の色も違うし、なんか計画的たったんじゃないか疑ってるんだ、オレは!
「だがアルジュナ。笑っている場合じゃないぞ。後宮だとしたら、容易に手が出せない。それに、あそこは確かに使い捨てだ。既にオレの体、ガンジス河にコマ切れにされて捨てられたかもしれない」
クリシュナの冷静な一言に、その場は打って変わってしんとする。それはオレも恐れていたことだ。あの〇モおっさんもそんなこと言ってたし。
後宮の女たちは浮気がばれたら命に関わる。というか、身も凍るような凄惨な死が待っている。だから、連れ込んだ男は殺してしまうのが一番なのだとクリシュナが言う。
後宮って綺麗な女の人がたくさん居る華やかな場所っていうイメージなんだけど、実際は孤独と妬みと欲求不満の渦巻く伏魔殿らしい。日本でもそんなドラマあったけど、大奥も真っ青な化け物屋敷だな。怖すぎるよ。
だけど、もし、本当にそうならば……。オレは隠し持っている『時渡りの粉』を入れた小瓶
にそっと手を触れる。
オレはアルジュナから取った『時渡りの粉』をイヤホンのケースに移していた。なんかいい入れ物がないかと探した結果がこれだ。
この時代、思った以上に食器なんかは現代と変わらなく見えた。所謂陶磁器といった類だ。ガラス製品もソマカみたいな金持ちの家にはある。でも、窓にはガラスはまってない。これは暑さから必要ないからかもしれないが。
ただ器はあっても密閉できる蓋はないので、アルジュナは革袋に粉を入れ、入り口を縛って持ち歩いていた。イヤホンなんて何で持ってきたんだと思ったが、意外なところで役立った。
翌日、オレ達は後宮に関わる情報や噂話を中心に聞きまわった。正直いい話はほとんどない。城下町や宮殿で若い男が攫われて帰ってこないとか、後宮の勝手門そばの河はしょっちゅう赤く染まるとか、話半分としてもぞっとする。
都市伝説の可能性もあるとアルジュナは言うけれど、実際行方不明になっている若い男性は、商売人や職人で、いずれも後宮と繋がりのある人達だった。
後宮の屋敷へ修繕に行ったまま帰ってこない大工もいた。オレはその人の奥さんに会って話を聞いたけど、幼い子供を抱えて、途方に暮れていた。
女の人だって、王族や貴族の気まぐれで白昼堂々連れて行かれてしまう。前も後ろもろくなもんでない、この国の支配者たち。オレは黒雲が垂れ込める下に暗然と佇む宮殿を見上げて憂鬱になった。
ここにはどんな醜い鬼達が巣食っているのだろう。オレ達はこの国を救うことができるのだろうか……。