第37話 迷子の子猫と呼ばないで
ソマカ官吏長は――オレの手を握りながら――カンサ王が企んでいることをスラスラと話し始めた。それは、要約するとこういうことだ。
クリシュナにありとあらゆる刺客を送ったが、悉く返り討ちにあってしまった。しかも最近、どこに隠れているのか姿を見ない。
そこで王が考えたのは、武芸大会と銘打って、逆にクリシュナをこの国に招待することだ。そこには、マトゥラー国が誇る精鋭が大勢出場するらしい。
「それだけじゃない。まあ、これは言わずにおくか」
と、思わせぶりなことを言う。何かまだ腹案があるらしい……。だが、これはいい情報を得ることができた。
武芸大会。クリシュナは罠と知っても国の威信を賭けての大会。断るわけがない。そしてクリシュナが出場するなら、アルジュナも出張ってくるだろう。
――――それに、この大会を本当にカンサ王が企てているなら、王はクリシュナの体を持っていないってことになる。良かった。最悪の事態は免れた。
「私は勘定方だからね。既に着々と準備を始めているのだよ」
「おお、それは素晴らしい。さすがソマカ様ですね!」
ソマカは自慢げに言うので、慣れないお世辞を言ってみた。すると、ヤツは目を輝かして得意げに話を続ける。
ヤツは裏方だから、褒められることも少ないのだろう。ここはめいいっぱい褒めて、いい気分にさせてやらないと。
「クリシュナ様というのは、どのような方なのですか?」
オレは畳みかけて質問を重ねる。もうここには来ないつもりなので(いや、絶対来ない!)今は取れるだけの情報は取りたい。
「クリシュナか。私も会ったことはないが、随分綺麗な顔と体をした男らしいな。女という女を虜にしてしまうとんでもない奴だとか。女なん
て一人でも面倒なのに、何千人も妻にするなど、私には考えられないね」
そう言って鼻で笑った。ま、オレも部分的には同感だな。しかし、この人が『体』って言うとすごくイヤらしく響くんだけど……。気のせいじゃないよな。
「カンサ王の宿敵だ。殺すまで、王はヤツを許すまい。出来ればその前に、五体満足なうちに触れたいものだがなあ」
……涎を拭けよ。オレは地の果てまでドン引いた。
「だが、私にはクリシュナもアルジュナも高嶺の花だ。目の保養にしかならんからな。だからおまえのような、手に入るものがちょうどいい。あのあたりを歩いていると、たまに出会うからなあ、迷子の子猫ちゃんに。あのムハマドもそれを狙ってあんなところにいたのだろう」
「え? ああ、ちょ、待って……」
もう話は終わったのか? いやいや、まだ聞きたいことが。奴がオレの体に覆いかぶさるように迫って来た。
「焦らすのもそれくらいにしろ」
「こ、ここでですか? 周りに人が……」
「私は人がいるところが好きでねえ」
ド変態! しかし、もう限界だ。ヤツの息がオレの若さではち切れる頬にかかった。無理……。ここらで帰るとするか。
オレの頬から顎をなぞるあいつの指を握る。すると何を勘違いしたが、あいつは嬉しそうに口角を上げた。
「ま、こういうことは、後宮の方がお盛んらしいが。あそこにも綺麗な男が連れ去られているようだ」
「こうきゅう?」
後宮か。王様の奥さんたちがいるとこかな。選べるなら、オレもそっちに捕まりたかった……。
「ふふ、おまえの考えていることはわかるぞ。だがな、あんなところに行ったら、生きては帰れない。一度遊ばれただけでバラバラにして河に捨てられる。バレるわけにはいかんからなあ。あそこは恐ろしい所よ。心配するな。私は飽きるまでちゃんと生かしておくよ」
それを喜べと? ふざけんな!
「へえ。そういうのもお詳しいんですね。さすがです! でも、後宮の奥方様がたが、人さらいするわけがない。どなたかが連れてくるんですかね?」
ヤツの鼻息が荒くなってきた。背筋が凍える。もう少し、もう少しだ。頑張れオレ。その後宮の話。なんか引っかかるんだよ。
「商売にでもするつもりか? 確かに西国の青い目は女どもに人気らしい。そう言えば、金色の瞳の男をどこかで手に入れたと言ってたな」
金色の瞳! それだ! と思った瞬間、オレの股間にソマカの左手が触れた。