第34話 宮殿に潜入!
光る龍は、まだ暗雲のなか、縦横無尽に這っている。アルジュナは足元にしびれを感じているようだ。
すぐ眼前に落ちた雷は、雨水を伝って、ヤツの足に達していた。危険を察してすぐに跳び退いたので、恐らく感電までには至っていないだろうが、違和感があるのかしきりに足を気にしている。
オレは『時渡りの粉』を素早く一回分だけを抜き取ると、やつの腰帯に袋を返した。心臓が早鐘のように打っている。別にバレたって、取ったぜ! って勝ち誇ればいいだけだ。だが、オレはそうは出来なかった。
――――これは保険だ。あいつらが瞬弥に滅多なことをしないために。
そう自分に言い聞かせた。
「ああ、驚いたな。なんだかつま先に感覚がない。貴様は平気のようだな?」
オレに何事もないのが不服そうに、振り向いたアルジュナが言った。
「これのお陰さ。だから、この靴を持っていけと言っただろ」
オレはびくついたのを誤魔化すように右脚を上げて靴を見せた。これはオレ等の世界から持ってきたスニーカーだ。
アルジュナはオレ達の所に来た時、獣の皮か植物の皮で造られた靴を履いていた。地面に直接あたる部分も多いし、嫌がった瞬弥とオレはスニーカーを持参していたのだ。
あの履物ではオレ達の柔らかい足の裏は耐えられない。真っ白なスニーカーだったので、葉っぱなんかでカモフラージュして履いていた。それがこんな所で役に立つとは、やはり文明の勝利だな。
「いや、足が痛くなるので、私はこれでいい」
アルジュナにも靴を貸してやったのだが、すぐに靴擦れを起こしてしまった。まあ、そうだろうな。
そんなやり取りをしている間に雷雨は収まり、一体なんのこと? と、しらばくれるように空には太陽が光を戻した。またも肌を焼く強烈な紫外線が水たまりに反射する。
「急ごう。クリシュナが待っている」
アルジュナが背を向けて小走りに道を行く。あいつはまだ気が付いていないのだろうか。きっと気が付かなかったのだ。アルジュナでも怖いものがあるのだ。あいつはきっと雷が苦手なんだ。オレはそう勝手に思った。
心臓はまだ落ち着かず、オレの左胸で居場所を訴えている。ふっと息を小さく吐いて、オレはアルジュナを追った。まだ引かない水で泥と化した道に靴跡残して。
翌日、水戸御老……、じゃない、アラビア風商人ご一行は、マトゥラー宮殿の裏門で人を待っていた。大枚はたいて得た紹介書を責任者に渡すためだ。
責任者というのは、宮殿に治める食材から衣服に武器、石鹸なんかまでを管理監督する人だ。会社で言うと、購買部とかかな? そういう人の所には貢物が集まる仕組みになってるって、瞬弥が言ってた。
「ところで、アルジュナ、オレ達は何を売るの?」
商人なんだから、何かを売らないといけないだろう。だが、オレ達は何も持っていないし、今住んでるところにだって何も置いてない。
「ふふん。売る物が形あるとは限らないからな」
「なんだよ、それ」
用心棒役のアルジュナが実は黒幕だなんて誰もわかんないだろうな。
宮殿の裏手は大河から引かれた水路があって、さっきから荷を積んだ船が何隻も行き来している。筋肉隆々の男たちがその荷を両肩に担いで宮殿の倉庫へと運んでいき、商人たちがやり取りしている姿が見える。ちょっとした賑わいだ。
「お待たせしました。どうぞ」
オレ達は使用人と見える若い男に呼ばれ、裏門をくぐる。ついに宮殿に入った。もちろん宮殿と言っても、一番外側になる棟だから、端っこの一角に過ぎない。でも、これが大事な一歩なのだ。少なくともオレはそう信じている。
「わあ、凄い人だな」
「ゴホン!」
オレがつい能天気な声を出すものだから、クリシュナとアルジュナが同時に咳をした。だって、そこは思ってた以上に広いところで、武具を付けた兵士や荷物を運ぶ使用人、作業をする人々が所狭しと溢れているんだ。暗い城下町とはここはまるで別世界。明るく活気に満ちている。
オレ達の前に現れたのは、その中でもちょっと上等ななりをした男だった。立派な髭と白い帽子を被り、耳には綺麗な飾りを付けていた。丁寧にお辞儀をした後、使用人のオレは、ひとっことも話さずじっとしていた。
「それでは、よろしく頼みましたよ」
耳飾りの男は上機嫌でそう言うと去って行った。手にはクリシュナが渡した賄賂? らしきものを持っている。なんか、堂々と渡してるけど、そういうものなのかな。アルジュナがオレを横目で見て、指を指している。
これでまずは欲しいものが手に入った。オレ達は当初の予定通り、早速行動に移した。