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第32話 違和感


 その日は朝から蒸し風呂のように暑かった。この地はいつも暑いのだけど、今日のそれは異常だ。十メートルも歩くと汗だくになり、喉を潤したくなる。

 アルジュナに聞くと、雨季が始まったからだと言う。ここでは六月から九月までのおよそ三ヶ月、雨季に入り、鬱陶しい雨が何度となく振り続けるらしい。正直げんなりした。それでなくても暑さに辟易しているのに、これ以上に湿気と雨とは……。


 この国に入って、クリシュナの言った事がよく分かった。ドヴァラカ国では、街行く人は明るく笑顔で話に興じ、店を連ねる商人たちも大きな声を張り上げ活気があった。でも、ここ、マトゥラー国は全く違う。

 城下町というのに、歩いている人はまばら。人々が集う市も見当たらない。なんでも治安が悪くて自由に市を開くことができないらしい。偉そうな兵士達だけがウロウロする街並み。暗鬱とした空気漂うの中、道端で動かない人を何人も見た。


 アルジュナによると、王族や貴族が贅沢するために税の取り立てが厳しく、国民は貧しくなるばかりだという。流行り病も度々起こり、抵抗力のない人々はこうして誰に看取られることもなく命を失ってしまう。


「早く、この国の民を助けてやらなければ」


 クリシュナが息を吐くように呟いた。オレ達はそれに応えることはなく、無言で道を急いだ。




「思った以上に綺麗な屋敷だな。樹、こっちの寝床、俺のな」


 暗く塞いだ気分を跳ね飛ばすように瞬弥がオレの目の前で寝床にダイブしている。(から)元気なのは痛いほどわかったが、落ち込んでても仕方ない。お陰でオレ達はいつもの空気を取り戻した。


 使用人役のオレは、()()のお荷物を部屋の隅に置くと、家屋の中をウロウロと探索してみた。アルジュナが城下町に準備した家だ。新しいオレ等のアジトってわけ。

 平屋建てだけど、河川の近くだからか床は高く作られている。ここらの家はみんなそうだな。

 水場や台所は土間のようになってて、テーブルがでんと構える広間、その奥に寝室があった。寝床は部屋に並べて置かれている。雑魚寝というより、かなり広いので窮屈には感じなかった。

 

 宮殿内には商人を装って侵入するのがアルジュナの策。この街には他国、異国の商人も多く集い、王家や貴族たちを相手に商売をしている。隠れ蓑には丁度良いとの判断だ。


「樹、珈琲淹れてやったぞ」


 いつの間に湯を沸かしたのか、瞬弥がカップを持って立っている。


「あれ、気が利くな」

「自炊しないといけないしな。水場を見ておいたんだよ」


 なんと殊勝な! 瞬弥はお坊ちゃまにしては何でも自分でやる方だけど、あまりに積極的なので少し驚いた。


「へえ、じゃあ、おまえの手料理が食べられるってわけだ。こりゃ楽しみだね!」

「驚くなよ。俺は実は料理上手だ」

「嘘つけ! 全然やらないくせに!」


 こいつがキッチンに入るのは珈琲を淹れる時だけだ。一人暮らしでも、通いのお手伝いさんが炊事はもちろん、家事全般やってくれる。性格から部屋をむやみに汚すようなことはしないが、かといって、お手伝いさんの仕事を奪うようなこともしない。


 オレは珈琲を飲みながら、ヤツの顔を覗いた。瞬弥はオレが否定にしたというのに、嬉しそうに笑って見ている。別にどこってわけじゃないけれど、何となく違和感を感じたのは気のせいだろうか。やっぱり街で見たこの国の姿が脳裏にあるのかな。


「あのさ、珈琲はいつも通り美味いから、そんなに見るな。背中に入る」


 でもヤツの凝視は相変わらず。毒入ってんじゃないだろな。


「え? ああ、癖になってんな」


 ヤツはすまなそうに小さくそう呟き、背を向けて行ってしまった。別に、嫌ってわけじゃない。ただ、いつもあいつがオレの顔をまじまじと見るのが不思議に思えるんだ。

 そんなに見ていなくても、オレはどこにも行かないよ。

 

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