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第29話 瑠璃色の空

 間近に天の山と呼ばれるヒマラヤ山脈があるからだろうか。ここは空気が下界よりも澄んでいて、仰ぐ青空も色が濃く感じる。青というよりもサファイアブルーとでもいうのだろうか、瑠璃色に近い。オレは瞬弥と二人、草むらの上で大の字になっていた。


 アルジュナはまだ蛇王夫婦と話している。オレ達は気持ちよさそうな芝生みたいな草むらを見つけて、そこにどちらかともなく寝っ転がった。何か、気持ちを落ち着けたかったし、疲れも感じた。


「クリシュナは何か言ってる?」

「うん。まあちょっと、元気ないかな」

「そっか。そうだよな」


 でも、まだ諦めたわけじゃない。もし、クリシュナの身体が敵陣にあるならば、討ち果たしたと内外に振れ回るのが本当だろう。それをやらない所を見ると、最悪、体があったとしても、何らかの理由でそのままにしているってことだ。

 だとしたら、奪還することは相当難しいとしても、可能性はある。どこにあるか分からないよりも、マシじゃないか。


「あれからもう、五日か。樹、おまえ、兄弟のこととか気になってるんじゃないか? 学校もあるし。弓道の全国大会いつだっけ?」


 瞬弥が言葉を選んでいる。弓道大会のことまで持ち出しやがった。次に何を言うのか、オレにはわかっている。


「おまえだけでも、帰れよ」


 ほら来た。


「はあ? 兄弟のこととか考えたことないけど? てか、おまえを置いて帰るわけないだろ?」


 何をまたくだらないことを言ってるんだ。以前も、そんなこと言ってたけど、おまえの本心なんかわかってんだ。


「そう言うけど……」

「それとも、瞬弥が帰りたいんじゃないのか? 円佳さんと、まだ何もしてないだろうからな」


 オレはちょっとからかってやりたくなった。オレ達の時代に未練があるのは、瞬弥の方じゃないのか。こいつの婚約者、とっても可愛い子だったしな。


「円佳? ふうん。おまえ、そんなこと考えてんだ。くだらん」

「何がくだらないんだよ。とにかくオレは、おまえと一緒じゃなきゃ帰らないから。もうその話はするな!」


 オレはそう言うと、瞬弥の左手を小突いた。すると、何を思ったのか、ヤツはオレの右手をぐいと掴んできた。


「なに……」


 いつもなら、問答無用で手を振りほどいて、悪態の一つも吐くんだけど、何故かそう出来なかった。あいつの左手に右手こぶしを包まれながら、オレは再び濃い青色の空を見る。名も知らぬ白っぽい鳥が、大きな翼を広げて旋回している。鋭い口笛のような声を響かせ、空を我が物顔で舞っていた。


 ――――おまえと一緒じゃなければ……か。いっそのこと、『時渡りの粉』を使って、戻ってしまおうか。クリシュナと同居してたって、何とかなるよ。ここで、おまえがクリシュナとして生きるより、オレ達の時代で瞬弥として生きて欲しいよ、オレは。だって、それはおまえの体なんだから。


 オレは改めて、アルジュナが持っている『時渡りの粉』のことを考えた。何とかして奪いたい。あいつらが強硬手段に出たりしないよう、保険をかけておきたいんだ。そして、もしそんなことになったら、オレは瞬弥が何て言おうと、オレらの場所に連れ帰る。


 瑠璃色の空を行く鳥が、また透き通る声を山脈(やまなみ)へと放った。

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