第28話 新たな情報
え? 今、なんて言ったの?
――――私たちはカンサ王から逃げている。
嘘だろ? たとえ魔族の蛇王だって、オレ達にもちゃんと言葉は通じてるはずだ。逃げているって言ったよな?
オレ達は二日二晩かけてここまで来た。ここに手掛かりが、上手くいけばクリシュナの身体があると思ってきたんだ。カンサ王から逃げてって、おまえらヤツとグルなんじゃないのか!?
「おい! でたらめ言うなよ!」
オレは相手が細身の女の人だってことも忘れて突っかかった。
「待て、樹。話は最後まで聞くものだ」
何の動揺もなくオレを制したアルジュナ。オレは精一杯の眼力を込めて睨んだが、そんなものにこの男が動じるはずもない。
「どういうことだ? 貴様らはクリシュナのことをカンサ王に進言したと聞いているが」
「それは誤解でございます。私たちはクリシュナ様を討つようにと脅されて……」
カリヤ妻の話は大体こんな感じ。ドヴァラカ国の王子、(つまりクリシュナのこと)こそ、カンサ王を殺すと予言された神の化身。どこからかその情報を得たカンサ王は、自分の配下であるアスラ族にクリシュナ暗殺を命じた。以前、クリシュナに痛い目に合わされた蛇王カリヤもカンサ王からクリシュナ討伐を依頼される。
だが、クリシュナと戦う気が全くなかったカリヤ夫妻は、こっそり街を抜け出し、この地に逃れてきた。今日は、誰かが洞窟のトラップを潜り抜け、隠れ家に迫ってきたので、てっきりカンサ王の追手だと思った。
だけど、これを鵜呑みにしていいのかな。まず、カンサ王がどこからか得た情報って、どこから得たんだよ? それと本当に戦う気がなかったのか? さっきまではバリバリその気あったと思うけど。
「さっき、クリシュナが惹かれた匂いはなんだったんだ? あいつの思考があれほど乱れたのはラーダさんに会った時以来だった」
ハスキーな声がした。瞬弥の声だ。確かにあの不思議な匂いがした時、クリシュナは蛇の屋敷へ引きずられるように歩を進めていた。
「あれは、テンプテーションという蛇族に伝わる妖の術でございます。確かに牛飼いの女たちが好んで使う香料に似てるかもしれません。殿方には絶妙な効果があるものなので」
ラーダさんも牛飼いの女だ。そう言えば、初めてラーダさんに会った時、こんな香がした気がする。なるほどね。で、王子様に最も効いたってわけか。そんなだから、体を奪われちゃうんだよ、多分。
オレがその感想を込めて瞬弥を見るが、バツが悪いからか、瞳は黒いまま。引っ込んでやがる。
「カンサ王がクリシュナの存在を知ったのは何故だと考えている?」
カリヤ妻が話し終え、しばらく黙っていたアルジュナが口を開いた。オレもそこが知りたい。そこに今回の重要な鍵があると思うからだ。
「私が知る限りではございますが。神仙ナーラダ様が告げられたと。クリシュナ様が悪魔を退治されたのを見て気付かれたとのことでございました」
え? 神仙って、味方じゃないの? なんで、悪の権化みたいなのにそう言う事チクルかな。因みにアルジュナに『時渡りの粉』をくれた現在所在不明の神仙シャラ仙とは別人。
「ナーラダ仙はこの国きっての神仙だ。あのお方が進言されたのであれば、深いお考えがあってのことであろう。それではそれを受け入れるのがクリシュナの役目だ」
オレの顔にクエスチョンマークが貼り付いたのに気が付いたのか、アルジュナが補足してくれた。ま、新たな疑問が増えただけだったけどね。
「クリシュナ様がカンサ王を退治されるのは火を見るより明らかでしょう。私はクリシュナ様の恐ろしさを身をもって知る者。何が悲しくて、あんな愚王の命令を聞く必要があるのか」
今度は蛇王カリヤが発言した。見ると、いつの間にか傷がほとんど治り、血も止まっている。どんだけ丈夫なんだよ。
「じゃあさ、おまえ達、何かクリシュナについて噂を聞いてないかな? 最近、姿を消したことになってると思うけど」
なかなか聞きたいことに辿りつけない。オレは業を煮やして口を挟んだ。誰も異論はないはずだ。夫婦は顔を見合わせる。そして頷くと、蛇王の方が口を開いた。
「実は、私達も今、驚いています。クリシュナ様の相貌があまりに変わっていたので。本来は長髪で、もっと肌の色が濃かったのに」
と、瞬弥の方にちらりと視線を投げ、そう言った。そうなんだ。クリシュナって長髪だったんだな。オレはまたどうでもいいことに思考がいってしまった。
「アスラ族に急襲された折、姿を隠されたと聞いておりました。ただ……」
カリヤはそこで言葉を切った。気になるところで切るなよ。CM跨ぎでもあるまいし。
「既に捕らえられたとの噂もありまして、信じておりませんが、心配はしておりました」
捕らえられた。だと? そんな馬鹿な。そんなことあるはずはない。ラーダもそんなところは見ていない。第一、アスラ族からの襲撃を受けているんだ。奴らはクリシュナが生きていると思ってるから襲ってきているはずだ。
「捕らえたという、カンサ王からの発表はないはずだが」
「はい、もちろんでございます。そのようなことは一切。ですが、カンサ王の宮殿で、クリシュナ様の姿を見たと言う者もおりまして……」
オレ達は一様に息を呑んだ。最悪な話だ。それを、カンサ王の支配する国から、こんなにも離れた場所で耳にするなんて……。
※彼らが話す言語について。
そもそも古代の異国で何故言葉が通じるのか。言明せずにいて申し訳ありませんでした。
クリシュナは自ら備わった力として、対面した全ての人間、魔族、獣人と言葉が交わせます。
また、その能力をごくわずかな信頼する人物に授けることも可能。
瞬弥はその能力を共有し、アルジュナ、樹はその能力を与えられました。
(第十二話 カルテット、未知なる世界へ に加筆しています)
元々設定としてありましたが、小説の中に入れるか迷っているうちにここまで来てしまいました。
ご了解いただければ幸いです。




