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第27話 蛇王カリヤ

 この辺りはもう、かの有名なヒマラヤ山脈に位置しているのだろうか。ずっと急な勾配を登り続けてきた。鋭い山肌を見せている剣のような山々も随分と間近に迫っているように感じる。

 滝の裏から入った洞窟を彷徨うこと小一時間、抜け出たのは、光の帯が差し込む秘境めいた場所だった。


「クリシュナ! 待つんだ!」


 アルジュナの鬼気迫る声で、オレはハッとした。足を止めたのは一瞬だったようだ。クリシュナは花に囲まれた可愛らしい屋敷に向かって再び歩み始めていた。


「どうしたんだ。しっかりしろ」


 肩を掴んで顔を見る。金色の瞳は、オレを見ようとしない。


  ――――仕方ない。


 オレは思い切り右手を振り上げ、眉目秀麗な顔に振り落とす。小気味よい肌を張った音が周りの岩壁に反響する。

 思わず左手を頬に当て、オレをやや見下ろしたあいつの瞳は金色から黒曜石へと変化した。


「助かった……。樹……」

「ちょ、待て!」


 瞬弥がどういうつもりかは知らんが、体を預けてくるのを察知したオレは、肩を掴んでいた左手で突っ張った。抱っこしようとするのを嫌がる猫の極意だ。


「ケチ」


 何がケチだ! だから周囲からあらぬ誤解を……。


「樹! 瞬弥! 伏せろ!」


 アルジュナの声がオレ達の一コマをぶちこわす。わかってる、そんな場合じゃない。反射的に膝を折り、両手で頭を抱えた。その頭上をあいつの弓が疾風となり翔けていく。

 空を引き裂く悲鳴が轟く。顔を上げると、すぐ横に大蛇が鎌首を上げている。その白くて艶めかしく光る腹には、アルジュナが放った矢が突き刺さっていた。


「うわ! マジか!」


 気が付かないなんてどうかしている。だが、すぐそこに大蛇がいたのだ。クリシュナはあのまま歩いていれば、間違いなく大蛇に食われていた。

 オレは瞬弥の腕を引っ張り、蛇の攻撃範囲から脱出する。突き刺さった矢からは深紅の血がどくどくと流れていたが、まだ絶命はしていない。アルジュナが第二の矢を放とうとしたその時だった。


「お待ちください! アルジュナ様!」


 大蛇の前に、水色の人影が立ちはだかった。シルエットはほっそりとした女性のようだ。


「貴様は……」


 水色の長い髪に、白い肌。朱い瞳には涙を浮かべている。その人は髪と同化してしまいそうな水色のドレスを両手でつまみ、静かに跪いた。その後ろでは、大蛇が小刻みに震え、その身を縮ませる。やがて、どこにでもいそうな人の形へと変えていった。


「何かの間違いでございます。我らは貴方様がたに敵意を持ってはおりません」


 普通の女性よりも高いキーの声。細いがはっきりとした口調で水色の彼女が言った。アルジュナはまだ警戒を解いてはいないが、番えた矢を降ろす。


「どうか、話を聞いてください」


 今度は男の方が、絞り出すような声で繋げた。男は腹に刺さった矢から流れ出る血を、首に巻いていたストールで抑えている。


「アルジュナ、彼らの話を聞いてやってくれないか? 私からも頼む」


 いつの間に交代したのか、クリシュナがオレの隣で口を挟んで来た。ふらふら術にでもかかったのか、敵の前に瞬弥の体を晒しておいて、全く危機感のない王子様だ。オレはちょっと憮然としてヤツを睨んだ。


「そのような目で見るな。反省はしている」


 その視線を感じたのか、珍しくクリシュナはオレに詫びをいれた。反省ねえ。ホントだろうな?


「……。どのような話があるのだ。申してみよ」


 絶対そう言うと思った。アルジュナはクリシュナにとことん甘いよ。でも、さすがに警戒は解いてないな。アルジュナは弓を左手に持ったままだ。

 

 この二人が例の蛇王の夫婦、カリヤ夫妻だということはオレにもわかった。この夫婦がクリシュナのことを逆恨みしてカンサ王に居場所を教えたというのがアルジュナの読みだった。だから、あの日、クリシュナの身体を持ち去ることが出来たとオレらは考えている。


 ――――一体どんな話があるっていうんだ。


 オレは自然と前のめりになって聞き耳を立てる。旦那が矢傷の手当てをしている前で、水色の奥さんの方が口を開いた。 



「私たちは、カンサ王から逃げているのです」

 

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