第26話 洞窟を走る!
切り立った崖から激しく岩盤に叩きつける滝。水飛沫が白い煙のようになり、涼し気な空気を作っている。滝つぼの淵から後ろに回ると、洞窟が大きな口を開けて待っていた。
「暗いようだな。アルジュナ、どうする?」
クリシュナが洞窟に足を踏み入れて言った。確かにほとんど陽の光が通らない。どこまで続いているのかも、ここからでは見当もつかない。
「あ、オレ、懐中電灯持ってたわ」
双子の弟、翔と航が時を渡る前に、色々と持たせてくれた。その中に、ペンサイズだが光量はしっかりある懐中電灯があった。エネルギーはボタン電池だ。数時間は持つだろう。
「火は使わないのか?」
アルジュナが不思議そうに見ている。洞窟はこの先狭くなっている可能性がある。火を使うのは危険だと判断していたので、この文明の光は役に立った。
便宜上、オレが先頭になる。ビビッてると思われたくないので、湿った土を踏みしめるように足を進めた。
「大丈夫か? 樹」
今度は瞬弥がオレの耳元で心配そうに聞いた。やはり、どんどん洞窟は狭くなっていき、オレ達のようなガタイの大きいのは体を斜めにしないと通れなくなった。
「平気だが、この先通れなくなるってことはないだろうな」
先細る道にオレは少し心配になる。頭上のスペースもほとんどなくなってきて、このまま行き止まりになるんじゃないかとさえ思えてきた。
「樹、ちょっと止まれ」
最後尾のアルジュナの呼びかけに、オレは足を止め、振り向いた。まさか体が挟まったんじゃないだろうな。
「何か聞こえないか?」
「え?」
そう言われて、オレ達は耳を澄ます。どこかで水が流れる音に混じって、確かに何かが聞こえる。少しずつ大きくなって、それは……。
「ヤバイ! なんか来た!」
オレは懐中電灯を音のする方へ向けた。そこに映ったものは。
「い、石?! ていうか、岩だ! 後ろへ下がるんだ!」
前方は上りになっているのか? 道幅ぎりぎりな大きさの岩がごろごろと落ちてきている。しかも一つじゃない。オレ達は元来た道を駆け足で戻る。でも狭いし暗いしで進まない。
「先に行け!」
少し広いところに出ると、アルジュナがすかさずオレ達を先に行かせようとする。
「どうするんだ!?」
「いいから。私に任せろ」
瞬弥とオレはアルジュナの横をすり抜け前へと進む。半身だけで後ろを振り向くと、アルジュナが矢を番えていた。
――――あいつ、何をする気だ? 矢で岩を射るつもりか?
オレは足を止める。岩が転がってくる。いくらアルジュナでも、あんな大きな岩に轢かれたら無傷では済まないだろう。電灯の光を向けるが、とても役に立っているとは言い難い。暗闇に不気味な音だけが迫ってきている。アルジュナ! とクリシュナの声がした。
だが、あいつは満月のように弓を引き絞ると、先頭の岩へと矢を撃ち放った。
シュン、と空気を切るような音がした。そして続いて、固いものが一瞬にして弾ける乾いた音が洞窟に響く。
「やった!?」
アルジュナは次々と矢を放ち、後から後からオレ達に向かってきた岩を悉く砕け散らかした。
「終わったようだな」
番っていた矢を下ろすと、腰に付けた矢筒に入れ直した。アルジュナはさすがに緊張したのか、ほっと息をついている。
「さすがだな……」
「ん? 大したことはない。それより、これは自然に落ちてきたものではない。我らがここに来たのを奴らに知られたとみて間違いないだろう。こんな所でウロウロしていられない。さっさと抜けるぞ」
「わかった。このまま進んで行くんだな」
オレは砕けて山になっている岩の欠片を足で蹴りながら、また狭い道へと歩を進める。こういう時、スニーカーを履いていて良かったと思う。砕けてる岩も平気だ。
再びの行軍となったけど、ライトに照らされる洞窟はまだ奥が深いのか、なかなか日の光も人がいる気配もしない。
「うん? なんかいい匂いがする」
「本当だ。なんとも香しい。これは……」
この少し低めの声はクリシュナだ。何かに反応したのか、オレの右肩から追い越して前に出てきた。ふらふらと香に釣られるように洞窟を歩いていく。
「おい! クリシュナ!」「樹! 奴を一人で行かせるな!」
オレがクリシュナを呼び止めるのと同時に、アルジュナが叫んだ。オレはその声に追われるように足を速め、ヤツの背に迫った。
「あ!」
クリシュナの肩口から、光が漏れてきた。それは唐突に現れた。洞窟を抜けたそこは、小さな閉ざされた敷地。緑の下草の向こうには、小綺麗な花咲く屋敷がぽつんと建っていた。