第23話 深夜の語らい(アルジュナ)
夢を見た。オレは自分の部屋で、いつものようにトレーニングをしている。腕立て伏せやら腹筋やら、部屋にいる時は寝てるか筋トレしてるかだ。腕立てが四十回を超えたころ、何故か体が重く感じた。こんなところで疲れるとはオレも焼きが回ったな、とか言ってる意味も分からないのに呟いてみた。
――――ん? 変だな。こんなことしてる時間あったっけ。
オレの部屋の絨毯は濃紺に水色の縦じまがランダムに入るシンプルなものだ。オレはいつも二本目の水色部分を挟むように両手を置いている。目に映るシミもいつも通りなのに、なんだか違和感がある。
途中でやめて仰向けに寝転がると、天井の梁が見えた。黒いドローンが突き刺さっているのが見える。この間、弟たちが飛ばしたものだ。
「あ!」
「どうした? まだ寝ていていいぞ」
飛び起きたオレに驚いたのか、アルジュナが声をかけてきた。オレは二、三度頭を振って、ヤツの方を見る。
「いや、なんか夢を見て……」
そうだった。オレ達が現代の日本から離れて、もう五日も経っているんだ。考えてみれば、何だか信じられない経験してるんだな。タイムマシーンで恐竜時代に行くとか、そんな漫画があったっけ。それとほとんど変わらないよ。
「何か飲むか?」
「ああ、ありがとう。でも、自分でやるよ」
オレは汲んだ水を火にかけ温める。瞬弥が起きていれば、珈琲と言いたいところだが、そうもいかない。ここでもお茶の文化はあるので、それなりに旨いお茶を淹れた。
「もう目が覚めたから、アルジュナ休んでくれ。おまえばかりに負担をかけて悪いと思ってるんだ」
寝床、と言っても薄い布一枚だが、を整えて座り直しながら、オレはアルジュナに言った。あいつは、口角を上げ、目を細める。
「そうだな。そうさせてもらおうか」
アルジュナは立ち上がると、勢いよく一度背伸びをした。鍛えられた腹が焚火の炎に当てられ赤く染まっている。槍で刺しても通らないんじゃないかと思うくらい締まって見えた。
「私が寝てしまったら、薬を奪いに来てもよいぞ」
綺麗に布を広げ、アルジュナはゆっくりと横になった。薬、例の『時渡りの粉』のことだ。
アルジュナはこの粉の追加をもらうため、神仙、名前をシャラ仙とか言うらしいんだけど、訪ねたら、なんと最近所在不明らしい。なので、文字通り限られた量しかない貴重品だ。
「ああ……。でも、今は考えていない。どうせおまえ、起きちゃうだろ。起こすと悪いし」
「どうせ起きちゃうか。起こさないように奪わなければならないはずだが?」
痛いところを突かれた。アルジュナの言う通りだ。けど、今のオレでは何の策もなくやるしかない。それでは、無駄にヤツの睡眠を妨げるだけだ。
「わかってる」
諦めたわけではない。チャンスを待つだけだ。オレはそう自分に言い聞かせる。まだ時間はあるはずだ。考えよう、と。
「樹、一つ聞いておきたいことがあるのだが」
「ああ、何?」
アルジュナからオレに質問があるとは驚きだ。昼間は呆れるくらい暑いここも、夜になるとさすがに冷えてくる。オレは布団代わりの布を背中に回してアルジュナの問いを待った。
「現状、クリシュナはおまえの友人、瞬弥の体に間借りしているようなものだ。例えば、魂のない肉体がどこかにあったら、そこにクリシュナの魂を入れられるとしたら、おまえや瞬弥はどうする?」
え? どういうこと? オレは俄かにはアルジュナの言ってることが理解できなかった。魂のない肉体って、それって死体か? そこにクリシュナの魂を入れる? ええ!? 気持ち悪いんだけど。
「誰かを殺すってこと?」
「場合によってはそうなるかもしれないな」
魂だけで彷徨ってる悪霊が、人を殺して乗っ取る。というホラーがあったかどうか……。
「それはないな」
オレは断言した。ホラー映画があったかどうかは置いといて。
「何故だ? おまえ達としてみれば、厄介払いができる案ではないか」
「本気で言ってるのか? 第一、そんな案、クリシュナが呑むとは思えないけど? あ、言っておくけど、瞬弥は絶対拒否するよ」
人様の体を自分のために抜け殻にするなんて、瞬弥がするはずない。考えもしないだろう。大体アルジュナはクリシュナの魂を入れると言ったけど、本当は瞬弥を入れようと考えているのかもしれない。そんなこと、絶対許さない。
「オレ達がなんでこんな所まで来たと思ってるんだよ。見損なうな」
オレは、そこらにあった小枝でまた焚き木を突く。小さな火の粉が勢いよく舞った。
「そうだな。貴様の言う通りだ。すまなかった。ああ、クリシュナは天下一のナルシストだ。他の体に入ることはあるまい」
アルジュナは少し笑ってみせた。そして徐に起き上がり、一度座り直してオレを見た。
「今のは忘れてくれ。第三者の体に魂を入れるなど、今後二度と考えない」
「何があっても……か?」
「何があってもだ」
アルジュナの碧色の瞳に炎が映る。その双眸から一切目を離さずにいるオレに、ヤツは頷いて見せた。