第22話 英雄の資質
先を急ぎながら、アルジュナがオレ達に話した内容はこうだ。
以前から怪しいと思っていた蛇の王様、カリヤ夫妻の居場所が分かった。どうやら最近姿を隠していたらしく、益々怪しいと感じたアルジュナが捜索させていたのだ。
「ガンジス河の上流に奴らはいる。また姿を眩まされる前に、捕まえないと!」
その報と同時に、カンサ王にオレ達が狩猟小屋にいることがバレたとわかった。アルジュナは城から馬を飛ばして帰ってきたということだ。あそこを出たのは、もうわかってしまった場所に未練はないのと、少しでも蛇王までの距離を稼いでおきたかったから。
「ガンジス河の上流となると、まだまだ行程は先ということだな」「でも、そこへ行けばおまえの体、取り返せるぞ!」「確かに。貴様も自由になれるな」
ほとんど走りながらの会話だが、口は一つだ。息をするのが辛くなったのか、その後は何事も発しなかった。大体この二人、別に声を出さなくても意思疎通できるんじゃないのか? オレ達には聞こえないので、それはそれで嬉しくはないけれど。
大河を横目に見ながら上流へと遡っていく。緩やかに揺蕩っていたそれは、次第に川幅を狭め、勾配を付け急流となっていく。ジャングルのようだった森も、高度が上がるにつれ下草は背を低め、樹々も幹を細くしていった。オレ達は前だけでなく上へも足を運ばなくてはならなく、進む速度は否応なしに落ちた。
オレ達の恰好は、狩猟に出掛けるときの出で立ちだ。あの小屋ではもう少しラフな格好でいたわけだが、アルジュナが危機を伝えた時、言われて慌てて着込んだ。
長袖で腰丈の上着に矢筒や剣を帯同できるベルトを嵌めて、下は裾を絞ったパンツ。動きやすさと虫刺されや葉による傷などを防いでくれる。でもやはり暑い。それだけに疲れるのも早かった。
ただ、オレと瞬弥は足元だけはスニーカーを履いている。アルジュナが履いているこの時代の靴はなんとも頼りなく、オレ達現代人の足の裏では耐えられそうになかったからだ。アルジュナにも勧めたが、靴擦れを起こしたらしくすぐ元に戻った。
「今日はこの辺で休むとしよう」
目指す場所までは二日はかかるらしい。どれほど進めたのだろうか。アルジュナは、落ちかけた陽を背中にビバークの意志をオレ達に伝えた。
「夜は交替で番をしような」
「了解」
適当な場所に腰を落ち着けた。さすがに皆疲れたのか、誰も何も言わない。目の前の焚火には、川で獲った魚が焼かれ、香ばしい匂いを周囲に広げていく。
「アチ! でも、美味い……」
新鮮な魚の焼きたて、唇と上顎を火傷しながらほおばるころには、すっかり陽は落ちていた。誰もが黙々と食べるが、空腹が満たされると、自然に頬がほころんでくる。
「おぼっちゃまのおまえには、野宿はキツイんじゃね?」
瞳の色を確認しながらオレは瞬弥に軽口を叩いた。瞬弥はそれを鼻で笑う。
「何言ってんだか。俺はガキの頃から、自衛官なみの訓練してんだよ。野営なんかなんでもないさ」
そうだった。こいつは普通のお坊ちゃまじゃなかった。第一オレも、その訓練に参加したことあった。小学生の頃だったからすっかり忘れてしまっていたが、キャンプだと喜んでいったのが、大きな間違いだと知った苦い経験だったのだ(多分、だから忘れていた)。
「でも、風呂には入りたい。明日は朝一、川で水浴びするよ」
「そうだな。汗で服がくっついて気持ち悪いや」
「覗くなよ」
何に期待しているのか知らんが、瞬弥が黒曜石みたいな双眸を輝かせてオレを見ている。どう見てもフラグとしか思えん。『アホか!』と一蹴してもいいけど、たまには乗ってやるか。
「……。覗いて欲しいなら、正直にそう言え」
当然、返しがくると思ったのに、あいつは驚いた顔したまま黙ってしまった。なんでそこで黙るかな! 言ったオレが恥ずかしいだろうが! 頬が熱いのは焚火のせいだよな。二人して顔赤くしてるってのは、どうにもカッコつかないじゃないか……。
「アルジュナ! オレ、先に寝ていいか?」
仕方なく、オレは照れ隠しにアルジュナに声をかけた。あいつは律義に野営の回りに、にわか仕立ての仕掛けを掛けている。獣が来たら気が付くようにだ。手伝ってやれば良かった。
「ああ、構わない。後で起こすから、さっさと眠れ」
何もかもを一身に背負っているあいつに申し訳なくなった。伝説の英雄と言うのは、派手な戦績だけじゃない。こういう小さな事でも責任感とか優しさとかを実践できる。そういうのが英雄の資質なんじゃないかと思う。
「樹の後、俺が起きるから、起こせな」
同じように感じたのか、そう言うと瞬弥も横になった。どこかで獣の咆哮が聞こえる。横になって空を見上げれば、樹々の葉の間から、見事な星空が見える。全く隙間なく星々が輝くそれは、まさに降り注ぐほどだ。宇宙にはこんなに星があったのかと改めて思う。
――――眠れるかな。
神経はまだ研ぎ澄まされたままだ。異様な興奮状態と疲労がせめぎ合っている。だが、目を閉じると疲労が勝った。オレはあっという間に眠りに落ちた。
@白玉ぜんざい様
こんな背景のも描いていただきました。