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第19話 時渡りの粉

 森は夜が来るのが早い。昼間でも大きな樹々が陽の光を遮り薄暗いのだ。だが、本格的な夜が来てしまうと危険度は加速度的に高くなる。オレ達はまだ太陽が沈まぬうちに小屋に戻った。


「お、大漁だな!」

 

 出迎えてくれたのは瞬弥だった。ヤツの顔を見て、おれはやっぱりホッとした。大丈夫と思っていても、敵の事を考えると落ち着かなかった。


「大漁って、魚じゃないぜ。何事もなかったか?」


 鷹のカワリは今はアルジュナの肩に乗っている。自分の主のことはよくわかっているのだろう。奴が獣を捌き、そのおこぼれをもらうのをじっと待っている。良かった。手伝えとは言われなかった。

 あの後、オレ達はウサギやシカみたいなのを狩った。慣れるのは難しいが、何とかオレも仕留めることができた。尊い命。有難くいただくことにする。


「ああ、何事もなかったよ。クリシュナが鷹のカワリに突かれてたくらいだ。それより、おまえの狩りの話、聞かせろよ。武勇伝が聞きたいな」


 瞬弥の切れ長の双眸が、やや色気を帯びた。背筋に電気的な何かが走る。


「ぶ、武勇伝なんかないよ」

「武勇伝がなければ、腰を抜かした話でもいいぞ?」

「腰は抜かしていない! そこは耐え……、あっ!」

 

 なんだか見られていた気がして、オレは言わなくても良いことを言いそうになった。途中で口をつぐんだが、逆に怪しくなってしまっている。


「ふううん。いや、いいんだけどね」


 そう言って、瞬弥はまたオレを凝視する。瞬弥って視力悪かったっけかな。


「オレの顔になんかついてるのか?」

「ああ。目と鼻と口」

「アホ」


 この時代にやってきて、無事に一日が過ぎようとしている。クリシュナの身体について情報も得たし、狩り紛いのことも出来た。こうして瞬弥と馬鹿を言い合えることを、今は喜ぶことにする。

 



 豪快な肉料理とこの世界の珍しい野菜料理。狩猟が趣味のアルジュナは料理も上手だった。

 その頃には、クリシュナも出てきて、オレ達は見た目は三人だけど、四人で夕食を囲んだ。鷹のワタリは暗くなってしまったので、止まり木の上に大人しくしている。


「美味いな! こんなの初めて食べたよ!」「瞬弥、野菜も食べないか。それに私はもう少し焼いた方が好みだ」


 なんて器用に会話をする瞬弥とクリシュナ。アルジュナが呆れた顔をして眺めている。


「貴様たちを見ていると、私たちが苦労しているのが馬鹿らしく思えてくるな」

「全くだ」


 と、オレも同調する。


「何を言うか。我々は今の状況を鑑みて、冷静に対処しているだけだ。二人で一つの体はやはり不便だ」「だな。クリシュナの思考にはついて行けないとこあるしなあ」


 今度は二人が結託してオレ達に言い返してくる。そりゃ、このままじゃ駄目なことぐらい分かっているよ。


「私の思考について行けないだと? 貴様がそれを言うか、樹、こいつは……」


 そうクリシュナが何か言おうとしたとき、自分で自分の口を塞いだ。多分、瞬弥が右腕を動かしたのだろう。そして、その腕を剥がさんと、今度はクリシュナが左腕で右腕を掴む。


「や、やめん…‥!」「か!」


 一人で七転八倒している姿を見て、オレとアルジュナは自然と顔を見合わせた。


「やはり、何とかしてやらないといかんな」

「早いとこな」


 深夜。月明かりが窓から漏れ入っている。柔らかい光が雑魚寝するオレ達を包んでいた。瞬弥は規則正しい寝息を立て、アルジュナは大の字になって寝ている。

 ヤツは思いのほか酒を飲んだ。アスラたちの襲撃があったらどうするのか。少し心配になったが、オレにも思う所があったので、いい気分にさせて酒を注いでやった。


 思う所。そう、それは……。


 オレは瞬弥の向こう側で寝ているアルジュナに忍び寄る。ヤツの腰にはいつもと同じように袋が付けられていた。

 『時渡りの粉』。

 寝ている間も肌身離さず付けている。大事なものであるのは当然だが、オレの考えが筒抜けになっているようで怖い。


 ――――起きるなよ。アルジュナ。


 オレは息を止め、ゆっくりとヤツの腰に手を伸ばす。袋はしっかりと腰ひも、所謂ベルトだが、それに括りつけられている。外すのは難しそうだ。やはりナイフか何かで……。と考えていると、突如、アルジュナの碧眼が開いた。


「……!」


 止めていた息が行き場所を失い、ほとんど窒息死しそうになる。たまらず息を吐いた。


「何のようだ? まさか夜這いでもあるまい」

「滅相もございません」


 何語だよ、これ。でも、思わずついて出てしまった。瞬弥の方を見たら、何かもちょもちょ言いながら寝返りを打っている。いい夢でも見てるのだろう。人の気も知らないで。


「貴様がこの薬を欲しがっているのは分かっていた。だが、生きている私から奪うことは無理だな。まあ、体力の続く限り、挑戦してみるがいい。どのみち、クリシュナの意識がある間は、貴様たちの世界に戻っても、意味がないだろう」


 もっともなことを言われてしまった。そして、やっぱりバレていた。このお方、本当にオレの前世なんだろうか。オレより十歳くらいは年上かなって思うけど、三十歳になっても、ここまでになれる自信はオレにはないや。


 でも、アルジュナはそう言ったが、瞬弥にもしものことがあれば、オレはクリシュナもろともオレらの時代に戻ってもいいと思っている。だから、せいぜい挑戦させてもらうぜ。

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