第1話 おまえは誰だ!?
都会の喧騒がまるで別世界で起こっているかのようだ。がなり立てる選挙カーですら、はるか遠くに聞こえる。高級タワーマンションから眺める街並みは、一瞬自分が王様にでもなったような錯覚を起こす。と同時に高所恐怖症なオレは、窓に近づき過ぎたのに気付き、思わず後ずさりした。
「何やってる、樹。カッコつけてるとまた眩暈を起こすぞ」
「うるさいな! 平気だよ」
このマンションの住人でオレの親友、風見瞬弥だ。振り向くと、相変わらず超がつくイケメンな顔でオレを見ている。こいつの端正な面立ちを見ていると、オレの顔が落書きのように思えて何気に傷つく。言っておくが、こいつに比べてだ。オレだって、周りから見れば、絶対落書きじゃない!
「いつまで見てんの?」
こいつの凝視は今に始まったこっちゃないけど、落書きなオレにしたら少々苛つく。まあ、こっちから見てる分には目の保養にはなるかもね?
「あ、ごめん。あっちに珈琲入れた。樹の好きなモカ」
珈琲を淹れてくれたのは気が付いていた。さっきから芳醇な香りがオレの鼻腔をくすぐっていたからな。どこのカフェよりも瞬弥の淹れてくれた珈琲が一番美味い。オレの好みにどストレートなんだ。
「ふふん。それをオレは待っていたんだ!」
オレは餌をもらった犬よろしくテーブルに向かおうとした。条件反射なみに頬がほころぶ。
「素直な奴だな。そういうとこ嫌いじゃ……」
ふいに言葉が途絶えた。オレは何気なく足を止め振り返る。そこには時間が止まったように動かない瞬弥がいた。
「おい!? 瞬弥! どうした!」
はにかむような笑顔が真っ青に変わった。そして、何かが背中に乗ったのか、思い切りつんのめってオレのほうに倒れてきた。
「瞬弥!?」
オレは慌てて奴を受け止める。秀麗な顔からは想像もつかないような張った胸板、鋼のような筋肉がオレに覆いかぶさってきた。結構重いが、オレは肉体なら瞬弥にも負けていない。しっかりと受け止めてやった。
「誰だ!?」
だが、ホッとしている場合じゃない! 何かが瞬弥の背中にいる。オレは左手で瞬弥を抱えたまま、右手でその何かに向かって一撃を与えた。しっかり見えないのに手応えがある! 何なんだこれ!?
『戻れ! ここは危険だ!』
防音壁の向こうで叫ぶ、そんなボリュームの声がした。人の気配がする。それも何人も! だが、それは一瞬で消え去った。危険だ? そっちの方が危険だよ!
オレはキョロキョロと辺りを見回すが、何も変わったことはない。とりあえずの危機は去ったようなので、オレは床に座り込んだ。改めて瞬弥を見るが、長い睫毛は降りたまま、形のよい鼻と唇から息が洩れていた。
「瞬弥、大丈夫か? 頭打ったのか?」
このままではいけない。オレは瞬弥の頭を毛足の長いカーペットに置こうとした。そのとき、唐突に切れ長の両目が開いた。
「瞬弥!? 気が付いたのか? て、ええ!?」
なんか違う、なんか違う! 目を覚ました瞬弥はたしかに瞬弥なんだけど、どこか違う。
「目が金色!?」
「アルジュナ! 良かった。助けにきてくれたんだな!」
金色の瞳を持つ瞬弥は、オレの名前じゃない名を呼んで、オレに抱きついてきた。一体何が起こったのか。オレはあいつの腕力に絞められながら、しばらく茫然としていた。
イラスト@白玉ぜんぜい様
(左)瞬弥、 (右)樹