第15話 もしもの話
汗だくになったオレは、小屋の横にある水場で体を拭いていた。まだここに来て時間は経っていないけど、キャンプに来たみたいで楽しい。
これからアルジュナと狩った獣を焚火で焼いて食べるというのも凄い経験だ。しかし、捌くのはヤツがやってくれるのかな? これも修行の一環だとか言われたらどうしよう……。
「樹、おまえの修行、ハードだなあ」
瞬弥がオレの隣にやってきて、同じように体を拭きだした。オレがトレーニングを始めたら、興味を持ったのか一緒にやりだしたんだ。一人より二人でやった方が、競い合うし、楽しい。
オレは狩りも楽しみだったが、瞬弥と二人でやったことで苦しさも忘れることができ、サクサク鍛錬できたのだ。
「うん、樹、ますますいい身体になってきたな!」
無防備なオレの裸体をバチバチ音をさせて瞬弥が叩く。おまえは大阪のおばはんか!? 別に他意はないんだろうが、言い方が相変わらずド直球過ぎて慌てる。
「いてえよ、やめろって! 瞬弥には負けたくないからな」
「え? 俺? ま、美麗シックスパックの持ち主だからな」
上機嫌でポージングをしてやがる。確かにシックスパック、割れた腹筋のことだけど、ならオレだってある。けど、瞬弥のそれは綺麗なんだよな。どこがって言えないけど、人のとは違う気がする。
「どうした? 顔が赤いけど。興奮した?」
「やめろ。マジ気持ち悪い」
瞬弥があまりにも調子に乗るので、オレはそこでバッサリ切っておいた。確かに見惚れたのは認めるけど、興奮はしていない。断じて。
「わりい。調子に乗り過ぎた」
少しは反省したのか素直に謝る瞬弥。ちょっと照れくさそうに苦笑いしている。何となく話しづらくなってしまったオレ達は、二人並んで黙々とタオルを洗った。
「樹、今、クリシュナが寝てるみたいだから言うけど……」
「ん? 何だよ」
小屋に戻ると、瞬弥が改まって話し始めた。クリシュナが聞いていない間にする話……。オレは何だか緊張してしまう。
「もし、こいつの体が見つからなくて、俺が元の世界に戻れなくなったら……」
「瞬弥、何言うんだよ! そんなこと……」
「いいから聞けって。もしもの話だよ」
オレの反論を遮って、瞬弥は続けた。オレの手には奴が淹れてくれた珈琲がある。わざわざ道具を持ってきて、さっき淹れてくれたやつだ。
「もしも、そうなったら……。樹、おまえは現代に帰れ。絶対に帰れ」
瞬弥はオレの目を見ずにそう言った。笑わせるんじゃない。
「笑わせるな。はい、そうですか。なんて言うとでも思ってんのかよ」
敢えて叫ばずに、オレは淡々と言った。オレもやつを見なかった。
「樹、俺はクリシュナの身体を探すの、そんな簡単なことではない気がしてるんだ。それに、こいつが背負っているものの重さも俺にはわかってる。一緒にいて、こいつの力になってやりたいとも思ってる。何の因果か俺の中に入って来たしな。でも、おまえはそうじゃない。こんな事に巻き込まれておまえが帰れなくなるのは嫌なんだ」
「それは、お人よし過ぎないか? オレももしもの話をするけど、もしクリシュナがおまえの意識を抹殺して、身体を乗っ取ったらどうするんだよ」
「こいつはそんなこと考えていない。それはわかる」
「甘いな! クリシュナが考えていなくても、アルジュナが思っているかもしれないじゃないか!? アルジュナの言う事なら、クリシュナは何でも聞くぞ!」
オレはたまらずに声を上げた。珈琲が手にあるカップの中で揺れる。
「そうだな。そうかもしれないな。俺もクリシュナも全力でそうさせないように頑張るよ。でも、おまえには無事に帰って欲しいんだ」
ようやく瞬弥がオレの顔を見た。いつになく真剣な顔は、付け入る隙がないほど美しい。中性的な魅力爆発ってとこだ。
「馬鹿か。おまえは」
オレは頬が火照るのを隠すため、視線を外した。
「オレは、瞬弥の淹れた珈琲が飲めないところになんて帰らないから。迷惑だろうが、何だろうが、おまえのそばを離れるつもりはない」
そう言って、珈琲を飲み干す。いつも通り、いや、いつも以上に美味しく感じる。井戸水から汲み上げた水のせいだけじゃない気がする。
「あー……。やっぱりそう言う? 何千人も奥さんいるから、樹と遊ぶ暇なさそうなんだけどな?」
こいつは……。結局それか!? オレが折角カッコよく決めたというのに!
「て、めえ!」
拳を握りしめて立ち上がったオレは瞬弥の左頬目掛けて振り抜いた。もちろん、あいつの瞳がちょっと潤んでたのなんか、お見通しだったけど。
瞬弥 と 樹
@白玉ぜんざい様 こんな背景も描いていただいています。