第13話 クリシュナの妻たち
教科書には載っていない、それほど昔の時代。神様や魔法使い、戦士もいた。アルジュナによると魔術を使うといっても攻撃力を上げるとか、呪いや毒をかけるみたいなのが一般的で、炎や雷で攻撃するような高度な魔法使いはいないらしい。
攻撃力や防御力を上げるってのは、例えばアドレナリンを出させるとか、興奮剤とかそういうのかな。意外に魔術も科学で説明できるかも。神仙のお告げも暗示っぽいしな。
目の前にある大きな屋敷は白っぽい石と樹木で造られている。正面の門にはかがり火が左右に置かれてあって、見張りもいる。たいそう偉い人の館に感じた。そこからたくさんの美女がクリシュナを迎え出た。もしかして、妖しい、その、ほら、綺麗どこのお姉さんがいる、娼館って言うのかな? そういう所かな。まいったな、オレの正直な体は色々反応してる。
「シュリ、ガンナー、クインティヤに、みな元気にしておったか。心配かけてしまったな」
なんて言いながら、クリシュナが両腕に抱えられるだけ美女たちを抱きかかえた。
「アルジュナ、これどういうこと?」
「ん? ああ、あれはみな、クリシュナの妻だよ。あいつには数多の妻がいるからな」
「はああ!?」
オレはそのまま絶句した。アルジュナが言うには、ここはクリシュナの館の一つ。クリシュナは国内外に幾つもの家を持っていて、ここはその一つらしい。奴には千人単位の妻がいて、それぞれの館か妻自身の実家に住まわせているらしい。
「千人単位って! どういうことだよ!」
「さすがにこれだけの妻がいるのはこいつくらいだな。仕方あるまい。モテるのだ。あいつはフェミニストで来るもの拒まずだから、気が付いたらこうなったんだろう」
こうなったって……。どうしたらこうなるんだよ。まあいい、頭痛い。すっかり興ざめしたよ。さすがは瞬弥の前世だ。っていうか、こいつの生まれ変わりだから、今の瞬弥がいるってわけか。
「で、どうしてオレらここに来たんだ?」
「ここに、あの日。クリシュナが襲われた日、一緒にいた女がいるのだ。クリシュナが最も愛している女性だ」
ふと、オレの鼻腔に芳しい香りが触れた。今までもクリシュナの妻たちが甘いいい香りを振れ回っていたのだけれど、それとは明らかに違う、心くすぐる香だ。
「クリシュナ様……。よくぞお帰りくださいました」
二本の石柱の門から現れたのは、長い黒髪にスッキリとした面立ちの美女だった。均整の取れた肢体に主張するふくよかな胸。体の線が手に取るようにわかる薄手の衣装を纏い妖艶さが溢れ出ている。オレは思わず生唾を飲み込んだ。
「ラーダ!」
クリシュナは、両手に抱えていた妻たちをほっぽって(酷い)、彼女のほうに駆け寄ると、人目も憚らず抱きしめキスをした。しかも熱烈なキスだ。放置された妻たちは恨めしそうに見ていたが、諦めたようにすごすごと館の中へと戻っていく。ラーダじゃ仕方ないとでも言うように。
「クリシュナ、もういいだろう」
アルジュナが業を煮やして言うまで、二人のイチャイチャは終わらなかった。
「あ? ああ、すまない」
すっかりご機嫌なクリシュナはようやくラーダから離れた。その瞬間、間髪入れず、瞬弥が叫んだ。
「何、今の!? すっげえ、俺、あんなキス初めてした!」
知らんがな……。オレ、こんな奴らのために、未開の土地に来たのかな……。今すぐ元の世界に帰りたくなったのは言うまでもない。
クリシュナには16,000人の妻がいたとのことです。何者……。
因みに神話によると、クリシュナの相手としてもっとも有名なラーダさんは、
既婚者なので奥様ではありません。