第12話 未知なる世界へ
オレ達はそれから二日後、現実からいにしえの時代へと旅立った。クリシュナの体は彼が時を渡る前に盗まれたと考えているからだ。盗まれたか置き引きにあったかはわからないが。少なくともその事実を知るには、戻るしかない。
時間が必要だったのは準備のためだ。薬は四回分しかない。一度行ったらクリシュナの身体を見つけるまでは帰れないってことだ。すぐ見つかるとは思えないしね。
「ところで向こうに行って、オレ達言葉は大丈夫なのかな? アルジュナやクリシュナは日本語話してるけれど」
そうオレが真顔で言うと、二人同時に笑われた。どうやら二人が日本語話しているわけではなかったらしい。そりゃそうかも知れないけど、神様みたいな存在だし、何でもありかと思ったんだよ。
「クリシュナには元々どんな言語でも理解できる能力があるんだってさ。おまけに自分が選んだ人物に同じ能力を授けることができる。俺達はその能力が与えられたんだよ。あの、最初の出会いの時にね。意志疎通できるようになったのはそのお陰さ。だから俺達はそれぞれ自国の言葉を話してるけど、脳が処理する時は、同時通訳されてるってわけ。悪かったな、言い忘れてて。で、わかるかな? このメカニズム」
わかんねえよ。でもまあ、言葉に困ることはないってことはわかったよ。なんだよ、普通に何でもありじゃないか。
大したことはないが、問題は他にもあった。オレ達が居なくなるにしても、まさかタイムトラベルするとか、ホントのことなんて言えない。考えた末、結局二人揃って家出することになってしまった。親には心配かけるけど、絶対戻ってくるから許してくれ。
オレは、アルジュナを見ている双子の航と翔だけには本当のことを言っておいた。奴らは自分達も行きたがったが、連れて行けるわけがない。だが、翔が改良した弓矢をくれた。小型だが威力はありそうだ。さすが我が弟。
瞬弥は驚いたことに、この顛末を婚約者の円佳さんに打ち明けてた。未来の奥さんだからって言ってたけど、オレからしたら予想外だったな。でも、円佳さんは変わっているというか、度胸があるって言うのか、ちゃんと受け止めて送り出してくれたらしい。
もしかしたら瞬弥に相応しい相手なのかもしれない。それは喜んでやらないといけないな。恋愛面では、どう考えても迷走していたからな。
双子や円佳さんに真実を伝えたのは他にも理由がある。オレ達がこの世界に帰ってくるのに目印が必要だからだ。これでクリシュナの身体を取り返した後、無事この世界に戻って来れるはずだ。
「準備はいいか」
瞬弥のタワマンの部屋。あっちの世界っぽい衣装を纏ったおれ達はテーブルを挟んで座っている。ソファーの前で胡坐をかいているアルジュナが、薬を瓶から取り出した。当然まだ薬はヤツが持っている。向こうに行ってからでも、何とか手に入れたい。やはり主導権を握るには必要不可欠なものだ。
「私はいつでも大丈夫だ」
「俺もOKだ」
クリシュナと瞬弥が器用に声を順に出す。瞬弥の方が少しハスキーで高音だ。やっと声だけで区別がつけられるようになった。
オレ達、見た目は三人かもしれないが、ここにいるのは四人だ。そして絶対見た目も四人にしてやる。そのために。
「さっさと行こう」
オレを待っていたようにアルジュナは右側の口角をくいっと上げ、粉に火を点け炙りだした。オレは持って行くリュックを担ぎ直す。そこには翔がちょっと細工してくれた弓矢も入れてある。ハーブを燻したような香りが部屋を漂うと目の前が暗くなった。
オレはこの二日間も、アルジュナの課したメニューをこなしていた。筋力アップのメニューも相当きつかったが、アルジュナ相手の剣術が、剣道のそれとは全く違って苦戦した。しかもあいつは遠慮なく打ってくるので、傷だらけだ。
紀元前の世界。一体どんなか知らないが、満身創痍で挑むにはハードル高そうだ。
「いてっ!」
そんなオレのナイーブな心と体を無視して、いきなり地面に放りだされた。
突然投げ出されて横転するオレと瞬弥を後目にアルジュナは華麗に着地している。しれっとした目をオレらに向けた。いちいちイラつく。
「ここがクリシュナの父上が治めるドヴァラカ国だ。どうだ、雄大な景色だろう」
どうやら丘の上にいるらしい。オレ達は土誇りをはたきながら立ち上がった。
「ああ……!」
眼下には、果てしない緑の大地が広がっていた。鬱蒼とした樹々の帯が濃い空気を運び、オレは肺一杯に空気を取り込んだ。隅々にまで英気が行き渡る気がする!
ガンジス河がまるで海のように横たわり、その東側には、思った以上に発達した都が見える。あれがドヴァラカ王国なのだろう。丘陵地帯の一番高いところに城が陣取り、勇壮な構えを見せている。
その周りには城下町が広がり、たくさんの屋敷や広場が見て取れた。一見して、大層賑わう都市だと見える。
「すげえな。随分栄えているんだな」
オレが呟く横で、瞬弥が泣いている。いや、泣いているのはクリシュナだろう。やっとの思いで帰ってきたんだ。嬉しいに違いない。
「クリシュナ、気持ちは分からぬではないが、用心しないと。ここに帰ってきたということは、敵中に戻ってきたことに他ならない」
「わかっている」
アルジュナが優しく諭すと、クリシュナは頷いた。
「クリシュナ様! お帰りになったのですね!」
鈴の音を転がすような美声が背後から聞こえてきた。オレ達は一斉に振り返る。
「クリシュナ様」「王子様!」
――――えっ? 何これ、何が始まったの?
オレらの背後には、小綺麗な館があった。何人かの美女、しかも布一枚を器用に纏って露出度高めな美女たちが、そこから列をなして現れた。
瞬弥 と 樹
@白玉ぜんざい様