第11話 おまえとならば何処へでも?
影の正体は、クリシュナの追手、アスラ族だ。カンサ王の命を受けた暗殺者達。クリシュナが時を渡った時紛れ込んできた奴らだろう。このタイミングで現れたのは、アルジュナの気配を感じたからなのかもしれない。
連中は魔族と言っていたが、見かけは人間と変わらない。ただ、手には鋭い剣を持ち、肩や腹回りに鎧のようなものを纏った戦士の風体だ。そして何より顔つきがどうにも戦闘的。両目がギラギラと滾っている。
「防弾ガラス並みの強化ガラスなのに! どうやって入ってきたんだ!」
瞬弥が叫ぶ。屋敷の中に警告音が鳴り響く。すぐ警備の人間がやってくるだろう。だが、とても間に合わない。オレと瞬弥はそこらにあったゴルフクラブを手に取った。瞬弥がおぼっちゃまで良かったよ。
アルジュナは既に三人ほどぶちのめしている。素手で武器を持っている連中に立ち向かうのだからスゴ過ぎだ。首を絞められ、叩きのめされた賊が床に転がっている。オレも負けてはいられない。奴らの剣をクラブで受け、脳天に面を叩き込む。丈夫な連中とは聞いていたが、さすがにひっくり返った。
「瞬弥! 大丈夫か!?」
「こんなんでやられるか!」
瞬弥は風見家次期当主としての訓練を子供の頃から受けている。真道夢弦流棒術の使い手だ。主に護身を旨とした武道だけど、今はそれでも十分だろう。華麗な立ち振る舞いで迫る敵を伸している。
ほぼアルジュナの物理攻撃で侵入者が床に伏した頃、廊下を怒涛のように走る音が近づいてきた。瞬弥の家族や警備の連中だろう。それに気が付いたのか、それとももう勝ち目がないと思ったのか、一人の魔族が甲高い口笛のような音を鳴らした。それを合図に、賊は割れた窓から逃げていった。
「瞬弥様! 大丈夫ですか!? これは?」
銃を構えた(怖すぎる。実弾ではないと思う。そう思いたい)警備の人たちがドアを壊さんばかりに雪崩れ込んで来た。アルジュナが倒した魔族たちは、いつの間にか姿が消えていて、部屋には盛大に争った形跡と割れたガラスだけが残っていた。
「瞬弥、何事だ。あれ? 樹君じゃないか。いつの間に……」
唖然とする一団の後ろから、太くて滑舌のはっきりした声が聞こえた。瞬弥のお父さんだ。風見隆一郎。財界のドンであり、雑誌等によれば、日本を影で操っている人らしい。
「あ、ご無沙汰しております! お邪魔してます……」
そう言えば、玄関から入っていなかった。オレは何て言っていいのかわからず声が小さくなる。
「父さん、お騒がせして申し訳ないです。これはちょっとはしゃぎ過ぎましたね。樹と棒術の稽古をしていました。道場でやるべきでした」
「なに? 何をやっている。おまえともあろうものが!」
アルジュナは危険を察したのか、ベッドの影に隠れていたので助かった。だが、こりゃ、お父さん怒るよね。てか、オレもこのしでかしの張本人になってる……。どうしよう、窓ガラスの弁償、いくらかかるかな……。
「詳しくはまた後日、説明いたします。父さん」
一瞬の間。一堂に緊張が走った。瞬弥のお父さんが諦めたようにため息をついた。
「ん……。そうか。いいだろう。斎藤さん、騒がせて悪かった。警備に戻ってくれ」
瞬弥の目力に、何か気が付いたのだろうか。よく見れば、オレらのゴルフクラブには血がついているし、暴れたにしては度が過ぎている。さすが死線を潜って来ただけあって肝が据わっているな。あ、死線っていうのはオレの勝手な想像だけど。でも、瞬弥の言うことを信じてるんだろう。それだけはわかった。
警告音も止まり、集まった人々も帰って行った。オレ達は片付ける元気もなく床に座り込んだ。手に何か違和感を感じて見てみると、床にも血痕が残っている。一体瞬弥はどうおじさんに説明するのか……。
「とにかく、行くしかないな」
瞬弥がペットボトルの水を一口飲んでそう言った。誰も何も言わないので、口火を切った形だ。あいつの緩いウェーブのかかった髪が揺れた。
「オレも行く」
置いて行かれたら何されるかわからない。そのまま瞬弥が帰ってこないなんてことになったらと思うと、ためらってはいられない。
「樹。いいのか? そりゃ俺は嬉しいけど。帰ってこれるかどうかわかんないぞ」
「帰って来るさ! それに……」
おまえとなら、行ったままでも平気だ。そう言おうと思ったけど、さすがに照れくさくて水と一緒に飲み込んだ。
「ま、樹と一緒ならどこにいても俺はいいけどな」
おい、あっさり言うなよ。罪のない顔して、そういう事……。嬉しいけど。
「話は決まったか。味方は多い方がいいだろう。私も自分の影武者がいたほうが動きやすいというものだ」
「誰が影武者だよ!」
「向こうに行っても修行は続けるからな」
「わかってるよ」
影武者扱いしたのは腹立つが、師だから仕方ない。あいつから指示されたメニューを毎日こなしてどこに行っても戦えるようにしてやる! そう心の中で拳を握りしめたオレを、瞬弥が不思議そうな顔をして見ていた。