098 Start Line
神月夜学園の2年生が修学旅行でいない中、野球部は1年生のみで活動していた。
口うるさい2年生がいなくて、自由に伸び伸び練習できるかと思えば……地方大会への練習に余念がない感じであった。
あと何試合か勝てばセンバツ甲子園に出場できる。
部員数がそこまで多くない神月夜学園はレギュラーはともかく、ベンチ入り自体は決して難しいものではない。
有栖院麗華の強化プロジェクトで2年生、1年生関係なく能力が高い選手が選ばれるためレギュラー入りを目標に必死に練習をしている。
「マネージャー、ボールを持ってきて!」
「はーい!」
学園一の美少女、小日向アリアは唯一の1年生のマネージャーとして忙しなく働いていた。
2年生の吉田鈴菜も朝宮美月も修学旅行のため彼女1人で切り盛りしている。
有能である彼女もさすがに疲れが見え始める。
そして気になるのはこのグラウンドに集まる女子生徒の数だ。
「星斗くんどこ!?」
「星斗くーん!」
「せーくんこっち向いて!」
この前のエキシビションマッチ、全国一の東京桐陰学園の試合からエースである夜凪星斗は広く知られるようになった。
剛速球と恐ろしいまでに曲がる変化球は各強豪校も着目しているが、何よりその甘いマスクと眉目秀麗の容姿から女性人気が圧倒的に増してしまうことになった。
元々人気自体は高く学園一の王子様という扱いだったが学園の女性生徒の半分以上が星斗の活動を見に野球部のグラウンドへ押し掛けることになった。
あまりの人気にフェンスが設けられることになり、グラウンドに入場できるのは野球部員のみとなる。
ちなみにマネージャー志望も増えたが吉田鈴菜によって全て却下となっている。
幸い、練習するブルペンは室内にあり外から様子をうかがうことはできない。
「アリア!」
小日向アリアはフェンス越しで星斗を見ようと詰めかける女性生徒に呼び出される。
同じクラスの女子達だろう。
「今日は星斗くんは来ないの?」
「せーくんは地方大会が近いですからブルペンに籠もっていると思いますよ」
「残念……」
「呼んだりできないの?」
「投球中のせーくんを呼び出すのはやめておいた方がいいです。すーーごく不機嫌になります」
「アリアって星斗くんと仲良いよね。まさか付き合ってるとかないよね」
「あはは、それはないです。せーくん、私のこと嫌いですし」
この質問も日常茶飯事だ。
出会って星斗から受けた暴言にアリアは星斗に嫌われていると思い込んでいる。
実際最近は物腰柔らかとなっているのだが、過去の記憶が強く残るものだった。
星斗の人気の上昇も相まって、恋人候補に名乗り出る女性が増えていた。
でも一番その可能性が高いと思われているのはアリアだった。
「私は星斗くんのことアイドル的な目で見てるからアリアと付き合うなら応援したいなー」
ファンの1人がそんなことを漏らす。
「アリアと星斗くんだったら絵になるじゃない。星斗くんが王子様でアリアがお姫様」
「うーん」
「どう? よくない?」
「でもせーくん……性格わりとクソですよ」
「アリアって……この学園に来た時は完璧なお嬢様だったけど、かなり砕けてきたよね」
◇◇◇
(わたしとせーくんか。確かにあのエキシビションでのせーくんはかっこよかったですしね)
アリアはコンテナに硬球を詰め込んでブルペンの中へ入っていく。
星斗は一人黙々と投球練習をしていた。
現在主将で捕手である小日向太一がいないため、捕手無しで練習をしている。
まだ1年生の捕手では星斗の本気の投球を受け止めることができない。
「なに」
星斗はアリアの存在に気付いたのか汗を拭ってそちらに視線を向けた。
「調子はどうですか?」
「上々……って言いたいけどあの戦いの時みたいなピッチングは出来ないな」
エキシビションマッチの時は驚異のモチベーションでとんでもない投球を行った星斗だがあの時の球威にはほど遠い形となっている。
しかし、コツは掴んだようで夏の時よりは球威が増していた。
小日向太一曰く、高校1年生なら十分すぎるらしい。
「ま、9回まで持たないからどちらにしろ抑えないといけないけど」
「せーくん、体力無いですもんね。休みにゲームばっかしてるからですよ」
普段は取り繕うアリアの言動も星斗の前では思ったことがはっきりと口に出来る。
ただ最近、普通の時も漏れてしまうことがあり、同級生からつっこまれることが増えてきた。
「悠宇せんぱいがいなくて寂しいんじゃないの」
「なんですかいきなり」
最近、兄の親友である浅田悠宇がアリアに対して積極的に声をかけてくる。
アリアは実際の所嬉しいのだが、戸惑いの方がやや強いようだ。少し頬を赤くして動揺する。
「悠宇様は人間的に尊敬できるお方です。始めてお会いした時からそう思ってました。これが恋愛感情だと思ってたんですが違うような気がしてきました」
「……そうなの?」
「兄様と美月先輩のバカップルぷりを見てるからでしょうね。でも……」
「でも?」
「そんな積極的な悠宇様にきゅんと来るのも確かです。他の男子だとまったく気にならないのに悠宇様の言葉は素直に従ってしまいます」
「そう……」
星斗は振り返り、投球練習を開始した。
「せーくん、何か機嫌悪いですか?」
「べつに! アリアが誰を好きになろうが関係ないし……」
「そうですね。せーくん、アリアのこと嫌いですしね」
「え」
星斗の動きがぴたりと止まる。
「どうしたのですか?」
「あ……いや……そうか、オレのせいだよな」
「?」
アリアは小首をかしげて星斗の言葉を待つ。
星斗はじっとしたまま目を瞑り……考えこんでいた。
練習を止めて、アリアの側に近づく。
「嫌いじゃ……ない」
「へ?」
「もう……その……ごめん、アリアにキツイ言い方してたと思う」
「ああ、そうですね。カマトト女とかおこりんぼとかひどい言葉ばかりです! せーくんひどい!」
「そう、そうだよな。始めて会った時、無性に腹が立って……何であんなこと言ったんだろうって……思ってて」
「性格悪いからじゃないですか」
「そういう所! っていや、それも……アリアがオレを嫌いになってもおかしくないよなって思って」
「はぁ?」
アリアは呆けたような声を出す。
「夏の大会の時にアリアを助けてくれたせーくんを嫌うわけないじゃないですか。夏のバカンスの時も夏祭りもエキシビションマッチも……嫌いだったら一緒にいないし、気持ちを託さないでしょ」
「あ……」
「ま、実際それまでは嫌いでしたけど」
「ふふっ……そうか。そうだったんだ」
星斗は一歩踏み出し、アリアへ近づく。
「オレ、負けないよ」
「秋の大会のことですよね。がんばってください」
「違う……負けないのは悠宇せんぱい」
「えっ」
「オレがアリアを甲子園に連れてってやる。来年、そしてオレ達が3年になる時……」
「せ、せーくん?」
「だからその時はオレと……」
その真剣なまなざしにアリアは混乱する。
いつもは不真面目で適当ばかりの星斗がまっすぐにアリアを見つめている。
アリアの顔に熱が生まれてくる。
「……って悠宇せんぱいがいないとこで言うのはフェアじゃないか」
「あ……、えっ……きゃっ!」
「アリア!」
一歩下がったアリアは持ってきていたコンテナに躓いて転びそうになってしまう。
バランスを崩したアリアの手を星斗は掴み取る。
そしてそのまま引き寄せた。
「あ、ありがとうございます」
「言っただろ。もう負けないって。オレはアリアを手放さない」
「っ!?」
アリアは慌ててばっと手を外し、大きく距離を取った。
「な、何ですか! せーくんのくせに! バカァ!」
「ぐっ!」
アリアは走り出し、室内練習場から出てしまった。
星斗以外誰もいなくなった練習場でぺたりと地面に座り込んでしまう。
「はぁ……せんぱいのようにはいかないなぁ」
◇◇◇
もう!
何なんですか!
悠宇様は頭を撫でてきたり、ダイレクトで褒め言葉を言ってくるし。
せーくんはあんな風にオラついたようなこと言ってくるし。
ワケ分からない!
2人の男の子にあんなこと言われたら……わたし……困るじゃないですか。
悠宇様は元々事故に巻き込まれそうになった所を助けてくれたし、その慈愛精神がわたしの心を刺激したから好きになってしまうのは分かります。
でもせーくんは……。
「アリアちゃんはどんな男性が好みなの?」
脳裏に浮かぶのはかつて美月先輩がそんなことを聞いてきた記憶……。
「そうですね~。アリアの側にいつもいてくれて」
アリアの側にいつもせーくんがいてくれた……。
「アリアが困った時はすぐに助けに来てくれて」
夏の大会の前にトラブルに陥ったわたしの前に来てくれた……。
「アリアの気持ちを分かってくれる。お優しい殿方」
わたしが願ったこと、思ったこと全部……叶えてくれた優しい人。
「そんな人類いねーよ。バカなの?」
いるじゃないですか……バカなの。
「はぁ……」
「悠宇様にせーくん……」
2人の男の子を好きになるなんて……わたし……。
何考えてるんだろう。
「兄様や美月先輩を笑えないや……」
この時の想いがわたしの初恋に大きく影響を与えることになる。
そう……わたしの恋はここから始まる。
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三角関係編はいったんここで決着となります。
賛否両論、不完全燃焼のオチとなってしまいましたが……この3人の三角関係編、またどこかでひらめきがあれば別作として書くのもありかもしれません。
改めて宜しくお願いします。
残り2話はメイン2人による物語となります。