097 美月と食べ歩き
「くっそ、遅くなった……」
集合場所は駅の側にある噴水広場。約束の時間から5分も遅れてしまっている。
デートの時だって基本15分前には到着するようにしているのに何という失態だ。
噴水広場の前には世界一かわいい女の子が立っている。
神月夜の制服を着て、スマホを見ながらにこにことしている。
これは声をかけねばならない。是非とも結婚したい。
「美月」
「あ、太一くん」
俺の顔を見て顔を綻ばせる美月。
俺に会えて嬉しいという感情を表に出してくれることの嬉しさは何たることか。
ああ、美月が恋人になってくれて本当によかった。さっさと付き合えばよかった……。
「すまん、遅れてしまった」
「私もギリギリだったし大丈夫だよ」
今日は修学旅行2日目の昼。待ちに待った自由時間だ。
昨日はクラスが違うためずっと美月と会えず寂しい時を過ごしたものだ。
夜に2時間電話したがやっぱり実物とふれ合いたい。
「じゃあ行こう」
「その前に!」
美月ががばっと抱きしめてくる。
「昨日会えなくて寂しかったぞぉ。2時間の電話じゃ足りないよ」
「そ、そうか。俺も同じ気持ちだ」
「ほんとうに?」
「ほんと」
「うひひ……嬉しいな」
ああ、嬉しいよ。
移動するのは後だな。とりあえず人目のつかない建物の陰に移動する。
イチャついてるところを制服姿で見られるわけにはいかない。
通報されて、教師から異性交遊を禁止されたらたまったものじゃない。
誰にも見られない場所に移動する。
「修学旅行の出発日の朝以来だから一日半ぶりかな。こんなに長く離れてたの久しぶりだね」
「ああ、最近はずっと一緒だったからな。……ごめん我慢できない。キスするぞ」
「もう! したがりだなぁ」
美月の言葉を聞き終えるよりも前に美月の唇を奪いにかかる。
一日半ぶりのキスだ。
交際したからこそ分かる。俺はより深く美月を愛してしまったらしい。
恋の病という奴は何とも大変だ。
俺達はとにかくふれ合った。
お互いのカラダをくまなくふれ合い、愛を確かめ合った。
俺は美月を……、美月は俺を……お互いの名前を呼んでまたすぐに口づけをする。
それから……時が過ぎる。
「……」
「……」
気付いた時にはいろいろ遅かった。
「今何時だ」
「15時だね」
「帰りの集合時間は」
「17時だけど……16時30分にはここを出ないと間に合わないかな」
「はぁ……」「うん」
愛しすぎて大事な修学旅行の時間の半分をすっ飛ばす失態を犯す。
「いろいろ見てまわる予定で……スケジュール組んだのに」
「あはは……。思ったより盛り上がっちゃったね」
触れ合いが終わってからふと思うが、何も修学旅行中に盛り上がる必要はなかった。
10分で止めりゃよかったのに……何で2時間も抱き合ってしまったんだろうか……。
「まぁ……あそこにはいくとしてぶらぶら歩こうよ」
「あ、ああ」
「太一くんとはこれからも一緒でしょ? また2人で来ればいいよ。ねっ」
まるで女神のようだ。美月は大人だなぁ。もうポンコツなんて呼べやしない。
「それじゃ街の中を食べ歩きしながら歩こうか」
「うん、いこいこ!」
◇◇◇
露天で買ったイカ串を食べつつ俺達は修学旅行先の古き街並みを見ていく。
もちろん串を持たない手は共に繋いだままだ。
「太一くんが遅刻するって珍しいね。何かあったの?」
「ああ、クラスの奴らが俺が美月と一緒にデートするってことを知って妨害しようとしてきやがった」
「えぇ……。大丈夫だったの?」
「20人襲ってきても俺は負ける気がしない。だが時間稼ぎをさせられたな……」
「太一くんは人気だねぇ」
「違う違う。学年一人気の美月が恋人ってとこに反応されてんだ。半分以上悪乗りだけどな」
「私が人気……? アリアちゃんみたいに絶世の美少女とかほのか先輩みたいに全てにおいて完璧な女性なら分かるけど……ピンとこないなぁ」
「俺は美月が一番だと思ってるけどな」
「ふふ、ありがと。私は太一くんだけが見てくれたらいいかな。それ以外の人からは見られなくていい」
「美月って小学5年くらいから急にモテはじめたよな。みんな美月が好きって言うからすっげー焦ったぞ」
「うーん成長期だったからかな。あの頃から胸が大きくなり始めたから恥ずかしかったんだよ。中学に入ってから先輩からも告白されて大変だったよ」
「確かに美月はいい胸をしている。適度な柔らかさと絶大な大きさ。1日1揉みしないと俺は生きていけないかもしれない。あと……今だから言えるけど体操着でよく目立ってたぞ。男子はやはり胸が好きだからな」
「もう! 付き合い始めてからずっと胸ばかり見てる! また揉もうしてるでしょ! 彼氏がえっちすぎて困る」
「人の大胸筋を同じだけ揉んでくる彼女もえっちすぎて困る」
「むぅ……。私の話はもういいでしょ。次は太一くんだよ」
「え?」
「鈴菜ちゃんから告白された時はどう感じたの?」
「ぶふっ! なぜそれを……!」
「本人から聞いた」
「そうか。……まぁ隠す必要もないな。……吉田には悪いと思ったが断らせてもらった」
「鈴菜ちゃんいい子だよ? 何がダメだったの? やっぱり胸が小さいから?」
「胸から離れろよ。あとなぜ美月が問うんだ……。正直吉田は良い女性だと思うよ。口は悪いが仕事熱心で面倒見も良い。美人だし、頭も良い」
「……何か嫉妬してきた」
「おいおい。……でも美月が神月夜に来てくれたから付き合う気は起きなかった。来てくれなかったら吉田の告白を受けていたかもしれないな」
「……なら頑張って神月夜に来てよかったかも」
「あいつは俺よりもデキた奴と付き合えると思う。だけど……最近吉田のやつの俺を見る目が冷たい。ゴミを見るような目で見やがる。まぁいいんだがな……、具体的には夏のバカンスの後からだ」
「百年の恋も冷めたって言ってたからねぇ……。んじゃほのか先輩は?」
「その流れは何なんだ……。あいつはそうだな。やっぱり世話のやける姉って感じだな」
「ほのか先輩は完璧だと思うけど……」
「そうでもないぞ……。まぁあいつはあいつで可愛そうな奴なんだ。絶対報われない恋心を持っていて、それと向き合えず。年下達で遊んでいる。それぐらいは付き合ってやってもいい……そんな感じだな」
「うーん……。そうなんだね。じゃあ次は三角関係かな! 太一くん的には浅田くんの変化はどうなの」
「ああ、幼馴染としてびっくりしたな。女の苦手な悠宇はあそこまでアリアに構うとは思わなかった」
「積極的だよねぇ。私と喋る時はすごく慌てるから女の子が得意になったわけじゃなさそう」
「だな。夏のバカンスに夏祭り……あいつらも変わっているということか。それを言うなら星斗はどうなんだ。姉として」
「最近せーくん変わったよ。ほら、東京桐陰との試合ですっごく野球部にファンが増えたじゃない?」
「ほぼ星斗ファンだけどな。顔に騙されやがって……」
「昔までのせーくんならあれでチヤホヤされていい気になっていたのに……全然見向きもしない。見ているのはアリアちゃんだけ。おねーちゃんびっくりだよ!」
「いい傾向だと思う。星斗の性格だとチヤホヤされると増長しかねないからな」
「うーん、でも心配だよ。家だとアリアちゃんの写真をじっと見てるし」
「え?」
「アリアちゃんを仮想の恋人に見立ててアリアならこう言う。ああ言うってブツブツ言いながら恋愛ゲームするんだよ!」
「う……うん?」
「誰に影響されたんだろう」
「姉だろ」
「え?」
「何でもない」
「せーくんもしっかり女の子を好きになるって分かって安心かな。三角関係だからうまく行くか分からないけど見守っていきたいと思う」
「アリアは有栖院家の件もあるから……すんなりいかないかもしれないけどな。まっ……本人達が乗り越えることだろう」
「でも……何かあったら手助けするんでしょ?」
「……3人とも俺にとって大事な家族であり、友人だ」
「じゃあ……私は?」
そうやって、首をかしげてくる美月には1時間ぶりのキスをお見舞いすることにした。
そんなこと言うまでもないだろ。
でも言ってやる。
「世界一の恋人だ」
さて……目的地に到着だ。
このような話を書くと終わりが近づくなって感じます。
残り3話です。
次話は98話「Start Line」 英文タイトルですのであの2人のお話です。