093 走れ!
「あっ」
写真を一斉に撮る報道陣を見据える。
「これカットしてもらえますか、さすがに言いすぎたので」
先程質問をしてくれた記者さんがとても言いづらそうに視線を背けた。
『この記者会見は生放送で……夕方のニュースに流れてるんですが』
「えっマジ?」
さよか……
さよかぁ。
「ヒュー、せんぱい大胆!」
◇◇◇
やってしまったああああああ!
美月のことを問われて滅茶苦茶テンション上がってとんでもないことを言ってしまった。
控え室で頭を抱え後悔の念が浮かびまくる。
現在夕方18時。あの感じだと夕方のニュースで報道されていたに違いない。
ということは別室で美月も見ていたのではないだろうか。
確かに告白をしようと思っていた。
なのにまさか日本中のみんなが見ている前でプロポーズってやりすぎだ。
やらかした。やらかした。やらかした。
「それで……いつまでそうしてるの?」
悠宇が呆れた顔で言葉をかけてくる。
「ほら見てよ。SNSですごくバズってるよ。10万RTだってすごいね!」
「んなもん、見せなくていい!」
少なくとも全校生徒にバレていると言ってもいい。
正直、美月への好意は隠してないからバレるのは構わないが美月の気持ちを考えるとさすがにヤバイ。
「せんぱい。とーさんやかーさんからすっげー連絡きてる。どういうことだって」
「うっ」
「名前出したのはよくないね。ねぇちゃん有名人になっちゃうよ」
「マジですまん」
星斗は星斗で東京桐陰に完全試合をしたことで話題になっているが俺がやらかしたことの方が当然騒ぎとなっていた。
「SNSでまとめられてるねぇ。若き高校生のプロポーズ。7、8割は称賛だね」
「の、残りは?」
「朝宮さんが美人であることに対しての嫉妬が2割。ホームラン打つ前に太一とイチャついてる所も動画で上がってる」
悠宇がスマホをかざして見せてくる。
あの試合まさかテレビ中継されていたのか? どれだけ金かけてるんだと思う。
そうこうしている内に控室にアリアと吉田が入ってきた。
「兄様」
「あ、アリア?」
「中継を見た父様、母様、妹からひっきりなしに連絡が来てますよ。なんてことしてくれたんですか」
「ぐっ、すまん」
父や母にこれを説明するのが面倒だ。大目玉なのは間違いない。
あ、そうだ。
「美月はどうした。美月も……その、見てたんだよな」
「ええ、ばっちり部員全員で見ていましたよ」
「……どういう反応だった?」
「まるでおもちゃがぶっ壊れたかのような反応をしていました。みづきお外走ってかえりゅー! って言って走り出してしまってから行方不明です」
「ねぇちゃん、正真正銘ポンコツランナーになったのかぁ」
ここから地元まで40キロ。まぁ公共交通機関で帰れるから大丈夫だと思うが心配だ。
「で」
気づけばマネージャーの吉田鈴菜が目の前に立っていた。
「どうするつもりだ」
「それは……」
美月に謝る。
違う……、謝ること自体は間違っていないがそれだけでは駄目だ。
「てめーだって分かってんだろ。やらなきゃいけないことまとまってんのか」
「……」
「情けねぇ顔してんじゃねぇ! 覚悟を決めろ。報道陣の前でイキった所をモニター越しじゃなくて本人に決めやがれ!」
「そう……だな」
ったく……誰よりも男らしいな吉田は……。
内容はどうあれ腹はくくった。
どうせ近日中に告白するつもりだったんだ。
今日、この後美月に好きだって言ってやる。
「みんなありがとう。覚悟は決まったよ。行ってくる!」
「おぅ、ちょー待て」
控室を出ていこうとした時吉田から止められる。
吉田はスマホを差し出した。
美月からのメッセージ……。太一くんに伝えて?
「……初めて会ったあの場所で待っています」
「ここにいる誰もがその場所はわかんねぇ。でもわかるんだろてめぇは」
「ああ、12年前の決着をつけてくる」
制服に着替えて、飛び乗るようにタクシーに乗り、1時間かけて地元へ帰ってきた。
休むことなく目的地へ向かって走り出す。
きっと待っているはずだ。美月と初めて会ったあの場所……。
12年前君と初めて出会った幼稚園。そこに美月はいる。
◇◇◇
到着した先はもはや名前もなくなった幼稚園。数年前に経営破綻し建物を残したまま潰れてしまった。
幼稚園がなくなる当時は美月と離れていたこともあって大層落ち込んでしまったな。
思い出が取り壊されてしまう、そんな気持ちを強く感じてしまった。
幼稚園の頃はあれだけ高かった入口のフェンスも今となっては大したことはない。
フェンスに靴の汚れがついている。どうやら先客がいるようだ。
さてと侵入させてもらうとしよう。
行く場所はそう……1階の年少のクラス、はな組の教室だ。
校舎に入り、人の気配のある所へ向かう。時刻は20時に近い。
夜の校舎に女の子をいつまでも待たせるわけにはいかない。
はな組の教室の扉を勢い良く開ける。
そこには……教室の中央でこちらへ微笑む何よりも美しい人がいた。
「美月、待たせたな」
決着をつけてやる。