092 ヒーローインタビュー
「入った……」
完璧に捉えることができた。
おそらく奇跡と言ってもいいレベルだ。1000回に1回、成功するか否かだ。
まだ信じられない気持ちを胸に抱えて、1塁ベース、2塁ベース、3塁ベースをまわる。
そうして一周してホームベースに戻ってきた時、神月夜学園の面々に出迎えられた。
「太一やったな!」
悠宇、おまえが6回表にファインプレーをして、7回裏に塁に出てくれたおかげだよ。
「せんぱい、ナイス」
星斗、よく頑張ったな。7回裏まで投げ抜いたおまえを主将として先輩として誇りに思うよ。
俺は両手を悠宇と星斗の手に合わせる。
俺達の完全勝利だった。
そして……目の前には美月がいた。
「太一くん、お疲れ様」
「……ありがとうな」
美月が最後に気付かせてくれたおかげだ。
◇◇◇
大波乱の決着となり、観客席は大きく揺らいでいた。
エキシビションマッチとはいえ、歴代最強とも呼ばれた甲子園優勝校の敗北に大きな話題となる。
騒ぎになるとまずいので俺達神月夜のメンバーは早々に中へ引っ込むこととなった。
元々、東京桐陰学園が勝つことが想定されたのにこの結果、どうなるんだろうな……。
この後は……大人に任せることにしよう。
控え室に戻ったら、名家有栖院グループの総帥令嬢、有栖院麗華が仁王立ちしていた。
あまりの堂々さに度肝を抜かれる。
「では太一、星斗くん。来てもらうぞ」
「はぁ? いきなりなんだよ」
「私は君達が勝つと信じていたからな。野球にはヒーローインタビューというものがあるのだろう? 会場の設営をして、記者達を待たせてある。行くといい」
「マジで言ってんのか!? いや、さすがに……」
「君達はグラウンドに出ていたから知らないと思うが外は大騒ぎだ。豪打を誇る甲子園優勝校が星斗くんに完全試合。甲子園大会で1点も取られなかった絶対的なエースが太一に打たれたのだ。記者達が君達を知りたいのは当然のことだろう?」
まるで自分の成果と言わんばかりに麗華お嬢様は語る。
しかし、この手のまわしよう、本当に俺達の勝利を確信していたというのだろうか。
実際このような形で勝ってしまった以上避けられないのは分かる。ここで逃げても……次は学校でとかになりかねん。
「はぁ……星斗行くぞ」
「え、行くの?」
麗華お嬢様が一回手を叩くと控え室にスーツ姿を着た大人達が入ってくる。
俺と星斗は指示されるままに控え室を出て、別の部屋へと通された。
「おー」
大部屋に入った瞬間、星斗は感嘆の声を上げる。
何十人もの記者、カメラマンが大部屋に集まっており、俺達が入った瞬間にカメラのシャッターを切られたのだ。
俺はまぁ……有栖院家の関係者としてこのような場を見たことが何度かあるが、星斗はさすがに初めてだろう。
「小日向選手、夜凪選手、こちらへお越し下さい」
司会の人だろうか、別のスーツを着た人に中央に来るように言われる。
司会の人が流暢に俺達の学校の紹介をする。
よくもまぁ………こんなにベラベラ喋れるな。本当に麗華お嬢様は俺達が勝つと思って動いていたのか?
まぁ……いい。
「星斗」
「ん?」
「多分、おまえからインタビューを受けることになると思う」
「うん」
「ちゃんと言葉遣いを気をつけて敬語を使えよ」
「えー、めんどいよ。正直疲れてるから眠い」
ここで星斗がいつもの口調で「べつに」「特にないです」とか言い出したら野球部の品格を問われてしまう。
最低限の態度は取ってもらわないと……。
「この記者会見の映像をきっとアリアも見るだろうよ」
「っ!」
分かりやすく反応する。
ほんとこいつアリアのこと好きになったんだな。
「おまえが乱暴な口調だったらアリアはどう思うだろうな」
「べつに……あいつにはいつも乱暴な口調だから今更だし」
「そうかな。このような公の場でしっかり受け答えをするとアリアは見返すと思うぞ」
「……」
星斗は考え込んでいる。
ダメ押ししとくか。
「アリアは風紀に厳しい子だ。悠宇みたいに常に柔らかな奴なら問題ないだろう。だからこそ公な場でちゃんと出来るということを印象付けるのは大事だと思うぞ」
「一理ある……」
「では夜凪選手、自己紹介をお願いします」
司会の人からマイクを渡され、星斗は息をする。
「はじめまして、僕は夜凪星斗と言います。僕達のためにお集まり頂き、ありがとうございます」
「ぶほっ」
思わず吹き出してしまった。なんという猫かぶりをするんだ、こいつは。
普段の仏頂面とは大違いで爽やかイケメンフェイスを見せつけてくる。学校のみんなが見たら驚愕するぞ。
『夜凪選手、豪打の東京桐陰学園を完全試合にした今の気持ちを教えてください』
「今日の試合結果は隣にいる小日向主将のおかげでしょう。主将のリードが素晴らしいおかげですね!」
「お、おまっ!」
軽やかに俺になすりつけてきやがった。
心なしか俺への写真撮影が増えたような気がする。
『最後に歴代最強と呼ばれた最強のバッター、音海選手を三振に取ったその時の気持ちはいかがでしたか?』
「それも隣にいる小日向主将のおかげでしょう。主将のリードが素晴らしいおかげですね!」
それしか言えねーのか。
『この勝利を誰に伝えたいですか?』
「そうですね。これも主将と言いたい所ですが……野球部のみんなや学校のみんな、家族、特にいつも支えてくれる姉に感謝を伝えたいです」
星斗は大きく息を吸った。
「勝てて本当に嬉しいです!」
『王子だ』
『王子様だ!』
『これは……革命的だぞ』
何か不穏な言葉が記者から聞こえる。
学園一のイケメンである星斗がこんな殊勝なことを言うから……こりゃみんな勘違いしそうだな。
『では次に小日向選手にインタビューをさせて頂きます』
声の調子を整えて、星斗からマイクを受け取る。
「神月夜学園、野球部主将の小日向です。本日は東京桐陰学園さんに胸を貸して頂き、部員達にとってとても大きな経験を得ることができました」
『小日向選手は主将ということでチームを勝利に導いた気持ちを教えてください』
「そうですね……」
どちらかというと俺は個人というよりチームのことをメインに聞かれる。
個人の絵は星斗のようなイケメン選手の方が映えるのかもしれないな。
インタビューは何個か続き、次の質問へとなる。
『小日向選手は高校野球、最高の投手と言われた天田選手からホームランを打ちました。その時どうでしたか?』
「正直打てるとは思っていませんでした。その前の2打席では三振でしたし。やはり……気持ちをもらったから……でしょうか」
『気持ちですか? あ、もしかしてそれは小日向選手が2ストライクでバットを飛ばしてしまった時、バットを拾って渡してくれた女の子のことでしょうか?」
あの光景を見られていたのか。
そうだな……。
美月のあの行動がなければ俺は天田選手からホームランを打つことはできなかっただろう。
『もしかして小日向選手にとって大事な人ということになるのですね?』
そう……何よりも大事な人なんだ。
全てはそう。
星斗の食事事情から始まった。
「彼女とは幼馴染として出会って……不幸にも彼女と別れてしまい12年という月日が経ってしまいました」
「でも星斗を通じて再び出会って……たくさんのことがあって、彼女を褒めて褒めて褒めまくって今日を迎えました」
「彼女の存在がなければ……自分は弱いままであったと思います。主将として自信を持てず、4番バッターとしても信頼されなかったのではないかと思います」
「でも、そんなときでも彼女はずっと自分の側で支えてくれたのです。とびっきりの笑顔で優しく……いつのまにか甘やかされてしまったのです」
「せんぱい? ちょ……語りすぎ」
「彼女の存在が自分にとって無くてはならないと思ったのはその時からですね」
「本当に幸せにしたいと心から思うようになりました。どんなことがあっても彼女を守り抜く、そのような気持ちを持っているんです」
『……なるほど、つまり小日向選手にとって彼女はどういった存在と言えますか?』
「ええ、世界で一番愛しい存在であると言えます」
「好きで好きでたまらなくて……毎日彼女のことを考えて、考えて……想い続けているのです」
「共に生きて、愛を育み、子を育て、緩やかな老後を過ごしたい」
「だから自分は……こう思います」
「朝宮美月と結婚したい」