090 恋の力
2球目 158キロ
「ストライク!」
3球目 161キロ
「ストライク! バッターアウト」
2番バッター
1球目 157キロ
「ストライク!」
2球目 160キロ
「ストライク!」
3球目 162キロ
「ストライク! バッターアウト!」
あっと言う間に2者連続三振だった。
これは紛れもなく本物だ。
さらに球がジャイロ回転してやがる。
おかしい……どうなってる。確かに星斗は1年生で140キロを越す凄い速球を持っていた。
だけどここまでの球速が出たことはない。
確かに麗華お嬢様の特訓でさらに磨きをかけたのも知っている。
星斗の球を一番受けたのはこの俺だ。
……ありえないだろ。
脳裏に浮かぶのはアリアの声。
ぜ〜ったいせーくんが抑えるんですから!
アリアはせーくんの本気に期待します。アリアは信じていますから。せーくんが相手の選手み~んな抑えられるって!
まさかアリアへの恋心が超絶的なモチベーションとなり、異次元的な能力開花が行われたということか。
美月も料理、部活、運動、そして英語とモチベーションによって才能を大きく開花させていた。
星斗もテストで1番になるほどの力を発揮した。
美月と星斗の姉弟はモチベーションによって無限大の可能性を秘めてることがここで最大限に発揮されている。
カキーーーーーン!
金属バットによって捉えられる音。幸いにはファール判定となって事なきを得る。
3番バッターは高校球児最強のスラッガー、音海選手だ。
星斗の渾身の160キロも悠々に打ち返してくるとは……。
さすがだ……。
「あのガキ、やるじゃねぇか」
音海選手もあの球を見て、本気になっている。
こうなると豪打の東京桐陰学園も本気を出してきそうだ。
2球目もフェンス直撃のファールだった。
あのキワドイ所を打ってくるとはさすがにプロ候補と言われていることがある。
だったら……アレしかないだろう。
俺はサインを出す。星斗は頷き、足を上げた。
「速球だけで俺を抑えられると思うなよ」
星斗は速球だけじゃないんだよな。
気合い十分に投げられた球は音海選手の振るバットの直前でガクっと落ちることになる。
音海選手のバットは完全に空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
「SFFか……。やるじゃねぇか」
悔しそうに音海選手は笑い、バッターボックスから去って行く。
SFF……ざっくり言うなら球速の速いフォークボールである。
今の星斗ならSFFでも150キロを余裕で超える。
正直、プロでもなかなか打てないんじゃないか……。
「せんぱい、だいじょうぶ?」
三者凡退ということで額に汗を流した星斗がやってきた。
俺はまだキャッチャースタイルから立ち上がることができない。
言えば星斗の豪球に手がしびれているのだ……。
「もっと球速落とした方がいい?」
「必要ない」
立ち上がって星斗を見据える。
「全力で投げてこい。絶対に後ろに反らさねーよ。俺は主将だからな」
「さっすが~」
星斗が本気のピッチングをしているんだ。
俺も負けてたまるか。
1回裏の攻撃だがやはり甲子園決勝でノーヒットノーランを達成した天田選手の球を打つことができない。
最速157キロの速球によく曲がるスライダーに神月夜のバッター陣は成す術無く三振の山を築いていく。
星斗の影響だな……。
1ミリも手を抜く気はないようだ。
そして2回、3回と星斗の160キロの速球と155キロのSFF、同じフォームから放たれるチェンジアップに東京桐陰学園の選手は翻弄され、三振の山を築く。
俺も手の痛みがやばいが……さすがに慣れてきた。
しかし……問題が発生する。
4回の表も三者三振だった。しかし……。
「星斗……おい」
「ん……ああ、大丈夫だよ」
星斗は大量の汗を流していた。
どことなく1回表で出していた球威が無くなってきているように感じる。
星斗は元々そこまで体力はない。2年、3年を経て少しずつ増やしていく予定だった。
美月、星斗の姉弟は能力はグーンと上がるが体力まで上昇するわけじゃない。
それは美月とのトレーニングで把握している。
打たせて取るピッチングに切り替えたいのだが、甲子園優勝校相手に少しでも球威を落とせばあっと言う間に打ち込まれてしまう。
どうしたものか。
何とか1点取れればと思うのだが、俺を含めてバッター陣はまったく打つことができない。
天田選手はスタミナもばっちりだ。球威はまったく落ちてないし、むしろ上がっていると言っていい。
5回の表を抑えて、6回の表。
星斗の球威が落ち、150キロも出なくなってきた。
変化球を上手く使用したおかげでまだ抑えられているが、ここが限界か。
「はぁ……はぁ……」
星斗は息を上げているようだ。最終回である7回はもうダメかもしれない。
幸いにも桐陰学園の選手は皆、打ち気だ。
おそらくこの試合がエキシビションだからだろう。
公式試合だったらスタミナを消費させて無理やり引きずり下ろす戦法を使っていただろう。
バント戦法をしないのも王者としてのプライドだ。
せめてこの回だけでも終わらせたい。
球威が落ちながらも星斗は必死に投球する。
幸いコントロールは落ちていない。強打されづらい所に構えてタイミングずらす。
6回表、2アウトまで進む。
星斗に指示したのは低めのSFF。
しかし投げられたそれはすっぽ抜けてしまい、思わぬ所に飛んでいく。
やばい……これを逃さない桐陰の打者はいない。
バッターはバットを振り抜き、すっぽ抜けた球が強く打ち返された。
俺から見て、星斗の右を地面に着くことなく通過していく。
まずいここでヒットになったら心が折れるかもしれない。
だが……あの球を捕球できる奴がこの学園にはいなっ……。
そう思っていた。
打ち返されたボールに向かい、垂直に駆けだして飛び込む。
その飛び込んだ先のグローブに見事ボールが収まった。
それはファインプレイと呼ばれるものだった。
俺と星斗はその二塁手、浅田悠宇のファインプレイに安堵の息を吐く。
悠宇はボールを抱えたグローブを天に上げて意思表示をする。
まだ……負けていない。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
星斗の能力開花については一種のフィクションとして楽しんで頂ければと思います。
恋の力で99マイル出すのが夢でした(大嘘)