089 募る想い
美月のことになるとさすがの俺も頭に血が上ってしまう。
反省をしないといけない。それはそれとしてあの色男はどこかでぶっ飛ばす。
天田選手と音海選手が去った後、美月とアリアに被害がなかったことを確認し、俺達は試合に向けた準備をすることになった。
俺と星斗は有栖院ドームの中にある投球練習場に足を運んだ。
プロが使う練習場を使えるのは良いことだ。中にあるモニターから外の様子を見ることができる。
東京桐陰学園の選手達が守備練習をしていた。
やっぱりうめぇな……。大学選抜にも匹敵するって言われているもんな。
それにこの5万5千の観客のいる大舞台で物怖じせずに野球が出来るのは恐ろしいものだろう。
音海選手は全打席ホームランを打つ宣言をしていた。
何とか打ち取っていかないと……。星斗も麗華お嬢様強化プログラムで急成長を遂げているがまだまだ発展途上だ。
そんな星斗だが……。
「ちっ、あの野郎。アリアに触れやがって……」
何かものすごく機嫌が悪かった。
音海選手の挑発に怒っているのかと思っていたが何だか違うような気がする。
「……あいつに触れていいのはオレか悠宇先輩だけなのに」
そこは俺も含めておけよと思ったがまぁそこはいい。
ふむ。
「星斗」
「なに」
星斗は投球練習を行うためゆっくりとマウンドの方へ足を運ぶ。
「いつからアリアのことが好きになったんだ」
「っ!?」
その瞬間、ピッチャープレートに滑って、すっ転び、側にあった硬球が入ったコンテナにダイブし、ボールをぶちまけた。
「ほげっ!」
とんでもない事態になってしまった。その姿は星斗の姉を思わせる動きだ。
星斗はゆっくりと立ち上がり、俺の方を向く。
「せんぱい、何バカなこと言ってんの」
「そのあからさまな動揺が無ければよかったんだがな……」
あと左投げなのに何で左手にグローブはめてんだ。動揺しすぎだろ。
今のまま投げたら良くないことが起きそう。落ち着かせよう。
「正直……分からないんだ」
星斗は声を震わせて語る。
「オレ、恋とかしたことないから正直分かんない。多分違うと思う」
「ふーん」
「確かにアリア……を見たら胸がときめくし……」
「ん?」
「あんなに嫌だったカマトトぶりが可愛らしいな……って思う時もあるし」
「やっぱ恋だよ」
「なんつーか、笑顔がまぶしいっていうか。絶対泣かせたくないって思うし」
「恋だな」
「悠宇せんぱいと仲良くしてるのを見るとすっげー胸がざわめくんだ」
「恋だっての」
「違う!」
「恋だよ」
俺は念を押して言う。
「恋ってアレでしょ。ねぇちゃんみたいに毎朝せんぱいの写真眺めてうへへって眺めたり、せんぱいを仮想夫に見立てて一人オママゴトやってるような状態を言うんでしょ」
「う……うん?」
「ねぇちゃんの胸元に顔を埋めて絶頂したり、ねぇちゃんの写真を常時ケツに仕込んでいるのを恋っていうんでしょ」
「おまえは俺と美月をなんだと思っているんだ」
あと仕込んでるってやめろ。美月の写真はお守りみたいなものだ。丁重にカバーしてお尻に入れているというのに。
「変態カップル」
「俺と美月の純愛を変態と評すか、コラ」
美月はともかく、俺の恋は12年の積み重ねでもある。
出会って数ヶ月の星斗の想いはまだ自覚するほどではないのだろう。
「好きだって言わないのか」
「オレは別にアリアのことなんか好きでもなんでもないんだからな!」
美月……おまえの弟がツンデレになってしまったぞ。
ある程度吐き出させたおかげで星斗も落ち着いてきたので気を引き締めることにしよう。惚れたはれたは後回しだ。
しかし星斗がアリアをか……、やはり夏の大会、バカンス……そして夏祭りで変わっていったんだろうな。
夏祭りの詳細を聞きたいが……試合に影響があるとまずい。後回しだ。
◇◇◇
定刻となり、神月夜学園の選手達と東京桐陰学園の選手達がグラウンドで並ぶ。
審判もプロの人を使うらしい。この催しに一体いくら使用したんだ。
しかしテレビで見た甲子園優勝校の選手達が目の前に勢揃いしている。
ベンチの選手もシニアやボーイズの有名選手だったと聞く。選手層は厚いな。
前にも話したがエキシビションマッチなので攻防は7回まで。
延長もなしだ。
表は東京桐陰大学の攻撃で、裏は神月夜学園の攻撃となる。
1回で大量得点されないようにしないとな。
「宜しくお願いします!」
お互い礼をし、試合は開始となる。
選手陣は皆3塁側ベンチへ移動する。
「みなさん、頑張ってください!」
ベンチへ戻ってきた俺達にアリアが1つずつお守りを渡してくれる。
今回はエキシビションマッチなので女子マネージャーがベンチに来ることが許されている。
そのため吉田、美月、アリアの3人をここに置く。
女の存在は士気向上というわけだな。
1回表は守備となる。
公式試合ではないためわりとゆっくりと準備をする。
主催者側からも俺達がまったく打てず終わると思っているのだろう。なるべく時間を引き延ばすスケジュールとなっている。
「太一くん」
キャッチャープロテクターを取り付けている俺に美月が近づいてくる。
「こんな大歓声の中でプレイするなんてすごいね」
「俺達は完全にアウェーだけどな。みんな桐陰学園を見に来ているもんだ」
「じゃあ、そんな中で太一くんが打ったらヒーローだね」
「あはは、そうだな。滅多にないチャンスなんだ。楽しむさ」
「頑張って」
「ああ」
「せーくん、悠宇様!」
視線を動かせば軽くストレッチをしている2人の元にアリアが向かっていた。
「二人とも頑張ってください。悠宇様、活躍をアリアは期待しています」
「うん、ありがとう! アリアちゃんに応援してもらえると頑張れる気がするよ」
悠宇もにこやかに返し、アリアも嬉しそうに微笑む。
「せーくん」
「なに」
星斗はちょっとふてくされた顔をしていた。
先ほどのことを考えるとあれが嫉妬というわけか。
アリアは星斗の左手に急に触れた。
「なっ!」
「がんばれ、がんばれー!」
急に触れられたことに動揺したのか、星斗の視線は泳ぎに泳ぐ。
「な、なんだよ」
「ふふ、アリアはせーくんの本気に期待します。アリアは信じていますから。せーくんが相手の選手み~んな抑えられるって」
「ふん、バカ言うなよ」
星斗はばっと手を外し、足早くマウンドの方へ向かっていく。
数歩進んで止まり、振り返った。
「アリア、アリアが見ている前では……オレはもう負けない。よく見ていろ」
「せーくん?」
「そ……っ。せんぱい早くいこっ!」
慣れていないのか格好付けが最後までもたないのが初々しいな。
さてと若人のため、主将として頑張ってみるとしよう。
側にいる美月に手を振って、俺もキャッチャーボックスへと向かった。
「プレイボール!」
早速試合は開始される。
東京桐陰学園の攻撃だ。1番バッターは俊足好打の選手。塁に出れば1点は確定と言われている。
星斗の球では抑えきれないかもしれない。しかし、ウチのエースがまったく通用しないわけがない。
がんばれ……星斗。
星斗が足が上がり、渾身のストレートから投げ出された。
調子がいい時の投球フォームだ。これならやれる!
「や?」
そのストレートは予想よりも早く、そして強く俺のキャッチャーミットに突き刺さる。
何とか受け止めることができたが予想外の激痛に思わず悲鳴を上げそうになった。
そう……観客席は静まり返っていた。
1番バッターの選手も唖然として俺のキャッチャーミットを見ている。
俺も審判も、東京桐陰の選手も……神月夜の選手ですら止まってしまっている。
呆然としていた審判がいち早く手を上げる。
「ストライーク!」
それと同時にバックスクリーンに表示される球速表示に160キロと表示された。
観客席が大きく湧く。
ぇぇぇぇえっぇぇぇえええええええええ!?
一番驚いたのは紛れもなく俺だった。