088 アリアに触れてんじゃねぇよ、コラ!
今回の試合はエキシビションマッチとなっている。
コールドゲームはなし。7回で試合終了だ。
主将として監督達と東京桐陰学園に挨拶へ向かったが、まぁ社会人としてそこそこな対応だった。
多少の嫌みったらしいセリフはあったものの無事に終わって、監督も校長も胸をなで下ろしていた。
いくら向こうが最強とはいえ有栖院グループの息がかかった神月夜学園をこき下ろすことはさすがにしなかったか。
威光だけはウチも負けてないな……。
夏の大会後、初の東京桐陰学園の試合ということで有栖院ドーム収容人数5万5千人の入場チケットは完売らしい。
向こうもファンサービスとして加減はしてくれるようだ。あくまで海外試合に向けた調整とか。
相手のエース天田選手が本気で投げれば確実に完全試合だしな。
それにウチの投手が10点、20点取られたらファンの不評を買うだろうから、4,5点取ったら見逃してくれるだろう。
このあたり大人の事情があるだろうから安心だ。
「太一」
「せんぱい」
悠宇と星斗が控え室の前で待っていた。
公式試合ではないイベント試合のためこれでもかというくらい東京桐陰学園のファンサービスが組まれている。
俺達、神月夜の守備練習は観客が球場入りする前に行う。
5万5千の観客の前でそんなことしたら緊張でいつもの動きが出来なくなるからな……。これは仕方ない。
その後観客が入場して、東京桐陰学園の投球練習や守備練習を見ることができるのだ。
今回は興行だからな……。
麗華お嬢様的にはそれを打ち破って欲しいと考えているのかもしれない。
来年の夏なら可能性はあるが……2年主体の今の神月夜では万に一つもさすがにない。
ちなみに神月夜学園の応援席は全体の5%もない。それ以外は全部東京桐蔭学園の応援席となる。
完全にアウエーだ……。
さっそく、守備練習をしにグラウンドへと向かう。
「夏の大会は不完全燃焼だったから本気でやりたいなー」
星斗は左手をまわして、アピールをする。
夏の大会の時は良くない事件があったからな……。
星斗の腕は快調し、麗華お嬢の特別メニューのおかげで随分と成長している。
この試合はともかく、秋の大会は本当に期待できると思う。
「僕もミスしないようにしないと……」
悠宇も二塁手としてレギュラー入りしている。
打撃力は無いがこう見えて小技や守備が非常に上手い。守備力だけなら3年も合わせて部内で1,2位を争うんじゃないだろうか。巧者という感じだな。
4番主将の俺は……何とか一矢報いたいな。
「ちょ、ちょっと何なんですか!」
通路の奥、その声を俺が間違えることはない。
その困った声色に危機を感じ、すぐさまかけつけた。
「どうした美月!」
角を曲がった先には制服姿の美月とアリアが困った顔をしていた。
目の前には名門校である東京桐陰学園のユニフォームの選手。
「いいじゃん、俺、キミみたいな子すっげぇ好み。連絡先教えてよ、ねぇ」
背番号1をつけた男が美月に必要以上に絡んでいる。
「俺はこっちの子の方が断然好みだな。このレベルはファンの子でも見たことねぇわ」
背番号5をつけた男がアリアの方に顔をじろじろと近づける。
「その子もいいがかわいすぎるな。俺はこっちの素朴な子の方がいい」
「ったく、おい、ちょっと向こうでよ」
「きゃっ!」
背番号5をつけた男がアリアの腕に手をかける。
「アリアに触れてんじゃねぇよ、コラ!」
その怒号の如く声を上げたのは星斗だった。
まるで親の仇とも言えるような顔立ちに俺の怒りは一気にクールダウンしてしまう。
俺も星斗が言わなければ注意するところだった。
だが……主将としてここは言わねばならん。
「天田選手と音海選手、ウチの部員にちょっかいをかけるのは止めて頂けませんか」
相手は一応年上なので丁寧に対応する。
そこらの輩だったらぶっ飛ばすんだけど……それはまずい。
東京桐陰学園の要と言える2人だ。
夏の甲子園決勝戦でノーヒットノーランを達成した天田選手と3年間で公式試合で100本越えの長距離バッターの音海選手。
高校野球界の宝と言ってもいい。
「あー、やっぱ君達んとこの子か。マネージャー? ふーん、無名のわりにそこは全国級だな」
天田選手と音海選手がこちらを向く。
「アリアちゃん、こっち」
悠宇がしれっとアリアを引っ張ってこちらに引き寄せた。
ナイスだ。
アリアは夏の大会の件があってから見知らぬ男を怖がる節がある。
実際にいつものアリアならくってかかる所だが顔が青ざめていた。
俺の大事な妹にトラウマを思い出させやがって……。
「ありがとうございます。悠宇様、せーくん」
「ったく、アメリカ戦前にお遊戯なんてしてる暇ないんだけど、監督も何で断らないかな」
音海選手は見下すように言葉を並べた。
その言葉に星斗が敵意むき出しでいる所を手をあて何とか押さえる。
「音海、ファンイベントも大事だぞ。安心してくれ、何点か取らせてやるから。俺が打撃投手なんて涎垂らすレベルだぞ」
天田選手は陽気に言うが節々でこっちを見下してる感を隠そうともしない。
尊敬してたのに何か残念だな。ま……一握りの天才って性格歪んでるやつが多いし、仕方ないのかもしれない。
麗華お嬢様よりだいぶマシだ。
「ちっ、そっちのやつは随分と睨んでるじゃねぇーか」
「おい、星斗」
「無理」
「さっきちらって見えたけど、1番ってことはてめぇが投手かぁ。お情けでホームランは一発だけにしておこうと思ったけどやめだ」
音海選手がこちらに近づき、星斗を挑発するようににらみつける。
「全打席、観客席にぶち込んでやる。俺が最高のファンサービスをしてやるよ。打撃投手くん」
「んだと……」
「星斗、挑発に乗るな」
星斗の怒りを抑えようと試みるもののこっちも怒りがこみ上げてくる。
俺は主将だ。クールでなくてはいけない。
今にも飛びかかりそうな星斗を必死になだめる。
「聞いたこともねー弱小校が何イキってんだか。そもそもちゃんとまっすぐに投げられるのかよ。全打席フォアボールとかマジでやめてくれよな」
ここにいても不機嫌になるだけだ。さっさと撤退しよう。
1人奥にいる美月を手招きをしようとした時、後ろから大声が上がった。
「あなた達なんか大したことありません!」
その声の主はアリアだった。
「ぜったい、ぜ〜ったいせーくんが抑えるんですから。せーくんは最高で最強のエースなんです!」
「アリア……」
星斗は振り返りそんな言葉を漏らす。
「へぇ……面白いこと言うじゃねぇか。そのガキがねぇ」
「それだけじゃありません! 悠宇様が塁に出て、兄様が返すんです! 絶対そうなるんだから」
「アリアちゃん」
「アリア落ち着け!」
これ以上は言わさない方がいい。クールダウンした星斗と違い、今度はアリアが熱くなってきた。
「試合で決着をつければいいさ」
音海選手の後ろで天田選手が不敵に笑う。
「もうすぐこっちの守備練習だ。音海いくぞ」
「てめぇらの泣く顔を見るのが楽しみだぜ」
2人の選手がようやく撤退してくれるようだ。
なんとかこの状況を終わらせることができたか。
後ろの面々に気を配っていると天田選手が美月の前で止まる。
美月の手を取った。
「マジで試合終わったら連絡先教えてよ」
「え?」
「今まで会った女の子の中で1番好みだよ」
天田選手は美月の手の甲にさっと口づけをした。
ぶちっ。
「オラァァ! クソ色男! 俺の美月に何しやがる! ぶち殺すぞ!!」
「太一……頼むから落ち着いて〜!」
こいつらマジでぶっ潰してやる!